超ハードコア・スポーツカーの911GT3RSじゃあるまいし、ラバ・オレンジ(ラバはイタリア語で溶岩の意)の派手なボディ・カラーが似合うSUVがこの世に現れるなんて、思いもしなかった。ところが、現れたのである。その名はポルシェ・カイエン・クーペ。3世代目にして初めてカイエン・シリーズに加わった派生ボディ・モデルだ。
2008年にBMWがX6をデビューさせて切り開いたSUVクーペ市場に、ポルシェも遅まきながら参入した恰好だが、時間をかけただけのことはあって、満を持してのリリースと言えそうだ。というのも、ポルシェのスポークスマンの話では、カイエンにクーペ・モデルを作るアイデアは2代目の時から出ていたが、後から改造を加えて付け焼き刃的に追加するのではなく、開発の最初からふたつのモデルを同時に作り込んでいくために、あえて3代目でデビューさせることにしたのだという。
よって開発のスタートは3代目カイエンと同じ7年前。そこから2本のレールで作り込みが進められてきた。カイエンとカイエン・クーペが共通なのは、パワートレインと基本シャシーの他、ボディではフロント部分。すなわちフロント・フェンダー、ボンネット、ヘッドライト(テールライトも)などで、Aピラーはカイエンよりわずかに寝かされており、ルーフ・ラインは2㎝低められて、そのまま急角度にリアまで下降する。つまり、Aピラーから後ろはまったく別物になっているわけだ。
たとえば、カイエン・クーペのホワイト・ボディにはルーフがついていない。ガラス・サンルーフが標準装備されるためで、その分、クロスメンバーで補強してカイエンと同じボディ剛性を確保してあるという。ただし、このガラス・ルーフとリア・ハッチが大きくなることにより、カイエンより約20㎏重くなる。それを解消するためのオプションがライトウェイト・スポーツパッケージで、それこそまるで911GT3RSのような中央にくぼみがあるカーボン・ルーフや軽量な鍛造の22インチ・ホイールが用意されている。
ひと目見て誰もが感じるに違いないのは、カイエン・クーペが、より911のスタイルに近づいていることだ。ややズングリしてマッシブなカイエンとは一線を画したスポーティでスタイリッシュな印象がある。実際の走りも、よりスポーティな味付けにされているそうで、リア・アクスルのトレッドが18㎜拡大して横方向のダイナミクスを向上させている他、スタビライザーを含むサスペンションの設定も、よりスポーティな方向に変更されているという。
ちなみに、エアロダイナミクスについては、クーペ・ボディの方が不利なのだそうで、それを解消するためにリアには巨大な可変スポイラーが取り付けられる。時速90㎞で135㎜上昇して、カイエンと同じダウンフォースを確保しているという。
今回の試乗会には、今年3月に発表されたカイエン・ターボ・クーペと素のカイエン・クーペに加えて、5月に追加発表されたばかりのカイエンSクーペも用意されており、3モデルすべてに乗ることができた。
初日に乗ったのは、ラバ・オレンジのボディ・カラーを纏い、ライトウェイト・スポーツパッケージを装着したカイエン・ターボ・クーペ。そのクラシックなチェッカー・ファブリックをセンターにあしらったシートに着いた時から、カイエンと大きく違うわけではないのだが、何かがわずかに違う感じを抱いていた。実は、フロント・シートはクッションを薄くすることにより1㎝低めてあるのだそうで、それがAピラーの角度やルーフの高さの違いと相まって、違う感じを醸しだしているのだろう。ちなみに、リア・シートの座面は前後スライド機能を省くことにより、カイエンに比べて30 ㎜低くなっているのだそうで、そのおかげでルーフが低くなってもなんとか居住性を確保していた。
走り出すと、ますますカイエンとの違いが際立ってきた。一言で言えば、とにかくスポーティなのだ。もっとハッキリ言えば、足があまりに硬いのに面食らった。エアサスペンションを標準装備するターボは、カイエンだったら、もっと普通の状態では乗り心地のいい、しかし、いざ飛ばそうと思えばモード切り替えで硬くもできる懐の広い足を持っていたはずだ。だからこそ、カイエン・シリーズの中では、ターボがもっとも好ましく思えていたのだ。
ところが、このカイエン・ターボ・クーペは、初めからカイエン・ターボの番スポーティなセッティングの状態よりさらに硬い足を持っているようだし、音も荒々しくうるさいように思える。リアのトレッドが拡がって安定感が増しているのはいいのだが、その分、フロントの動きがナーバスになって落ち着きがないように感じられた。それに、22インチのタイヤの影響もあるのかも知れないが、乗り心地がいいとはいいかねる。全体として、あまりにスポーティな味付けにしていることが、逆にカイエンの持っていた4ドア・ポルシェならではの、快適性と運動性能のちょうどいいバランスを崩してしまっているように思えたのである。
翌日は、カイエンSクーペから乗ることになった。そして結論から言ってしまえば、前日のターボのあまり芳しくなかった印象をいっぺんに覆すような、ほどよくスポーティで快適なバランスの良い走りを、このカイエンSクーペが見せてくれたのだ。この試乗車にもオプションでエアサスが奢られていたし、可変スタビライザーのPDCCやリアアクスル・ステアリング、22インチ・ホイール、スポーツ・エグゾースト・システムをはじめとする走りに関するオプションがテンコ盛りだった。ターボとの違いは、ライトウェイト・スポーツパッケージが装着されておらず、標準のガラスルーフが付いていたことくらいか。それなのに印象はまるで違っていたということは、ライトウェイト・パッケージが曲者なのだろうか。プレスリリースを読み返してみると、このパッケージでは断熱材まで削減されているというから、かなり気合の入った軽量化が施されているのだろう。その結果が、あのやり過ぎた感じに繋がっているとすれば、少し残念である。
それはともかく、カイエンSクーペで走るオーストリアのグラーツ近郊の山岳路は、気持ちいいことこの上なかった。そもそもカイエン・シリーズでもスポーティな走りが、ほんのちょっとだけ、さらにスポーティになったのが、カイエン・クーペ・シリーズの走りの本質だと言えそうだ。それはリア・トレッドが少し拡げられていることや足のセッティングがよりスポーティに味付けされていること、ボディ形状や着座位置が違うことによってわずかに重心が下がっていることなど、いずれも小さな変更が積み重なった結果、醸しだされる乗り味の違いなのだと思う。
そして、そういうちょっとスポーティな味つけというのは、そもそもがハイパワーなターボのようなモデルよりも、ベーシックなモデルに施した時の方が、いい効果をもたらすのかも知れない。というのも、あくまで主観的な感想だが、今回、もっとも走りが清々しく気持ち良かったのが、最後に乗った素のカイエン・クーペだったからだ。カイエンに乗った時には、もっとパワーのあるSやターボが欲しくなると思っていたのに、このクーペだと、トゥ・マッチなターボよりS、Sより素の方がいい味が出ていると思えた。
価格はカイエンに比べて120万円くらい高くなるが、スポーツクロノなどが標準で装備されるので、それを差し引けば約20万円の違いになるという。それでこのスタイリッシュなボディと、ほどよくスポーティな走りが手に入るのなら、むしろお買い得とも言えるのではないか。
カイエン・ターボ・クーペ
カイエンSクーペ
カイエン・クーペ
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文=村上 政(ENGINE編集長) 写真=ポルシェA.G.
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