東京・赤坂の某会社に勤める家人を、編集部からの帰り道に拾うことがある。長期リポート車のメルセデス・ベンツ300TEやジープ・ラングラーなどで、オフィスのあるビルのクルマ寄せに乗り付けると、白い手袋をした係員が飛んできて「申し訳ありません、おクルマをずっと前の方へ移動していただけますか?」と言われる。ビルの出入り口に最も近いスペースは、迎車のタクシーや黒塗りのレクサスなんかが停まっていて、どこかの役員さんみたいなおじさんが来ると、白い手袋がすかさずドアを開ける。
私はそのスペースに堂々とクルマを停めた。いつもと違って係員は何も言ってこない。後ろからグレーのロールス・ロイス・ファンタムが来た。ファンタムは私のクルマを避け、前に停まった。ファンタムが来ても係員が「申し訳ありません、そこを 開けていただけませんか?」と言われなかったのは、私が乗り付けたクルマがキャデラックCT6だったからに違いない。
全長5230mm、全幅1885mmの体躯はまさに威風堂々、係員も一 体どんな人が後席に座るのだろう?触らぬ神に祟りなしと思ったのかもしれない。マイナーチェンジを受け、ラジエター・グリルがブラック・アウトされたキャデラックCT6は、こうした都会のシチュエーションが本当に よく似あう。旧型よりクリーンな顔つきになって、男前が上がった。メルセデス・ベンツSクラス、BMW7シリーズなどのライバルと比べても、一番モダンなデザインだと思う。
翌朝、撮影のために千葉へ向かった。インテリア・デザインに変更はなく、進化したところと言えばカーナビが付いた。おいおい、いまごろかよ、というツッコミは、随所に高級レザーが奢られた室内の素晴らしい居心地が飲み込ませた。3.6リッターV6直噴エンジンも変更なし。回転上昇と加速感がシンクロする自然吸気エンジンは本当に気持ちがいい。トランスミッションは8段ATから10段ATへと進化している。ギア比がクロースになったせいで、クルマの動きは超スムーズ。アダプティブ・クルーズ・コントロールを試してみると、前走車が加速したときのスピード・アップ、 減速したときのスピード・ダウンともに滑らかなこと、この上ない。多段化は本国で進められている自動運転システムにも関連しているかもしれない。
乗り心地は硬めだがフラットな乗り味は好印象である。マグネティック・ライド・コントロールのおかげで、245/40R20というM+Sタイヤを履いているが、デリカシーに欠ける突き上げはなかった。10速100km/hの回転数は1500rpm 。すこぶる静かである。ボーズと共同開発したというオーディオの鳴りは素晴らしい。もともと静かなのに、ノイズ・キャンセラーが付いていて、スピーカーの数はなんと34個!キャデラックのオーディオは昔から好きだけれど、CT6は図抜けていいと思う。乗り心地といい、静粛性といい、音響といい、これなら後席の人も十分に満足するだろう。
前席(=ドライバー)が一番喜ぶ のは、峠道かもしれない。5m超えの巨体を感じさせず、コーナーをほとんどロールしないで駆け抜けていく。4WDなので4輪がガッチリ路面をつかんでいる感じがして安心だ。ハンドリングは素直で気持ちいい。車検証を見たら前1020kg、後930kgで52 : 48だった。ホイールベース3110mmの恩恵はもちろん後席にある。リクライニング、マッサージ機能のほか、10インチ・モニターで映画などを楽しめるようになっている。マッサージ機能は本当に良く出来ていて、峠を飛ばしたときに張った背中や腰を癒してくれた。少々のことなら動じないドーンとした存在感を持ち、カッコよく、運動神経が良くて、親切に腰までもんでくれる。Sクラスや7シリーズより見かけないというのも、ロックな私の心をくすぐった。
キャデラックCT6
文=荒井寿彦(ENGINE編集部) 写真=茂呂幸正
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