デジタルの趨勢に逆らい、贅沢なアートワークとして、昔ながらのマニュファクチュアが復活を遂げている。
アナログは決してアナクロではない。デジタル信号では処理できない音を表現するレコードは、若者の間でも人気を集めている。文字の世界でも同様。活版印刷がいま静かなブームだ。
グーテンベルグが15世紀に発明して以来、20世紀半ばまで活版は印刷の主流だった。鉛を主体とする合金の文字が「活字」と呼ばれ、文章と大きさ、書体に合わせて組み合わされた版で印刷が行われていた。しかし、1970年代以降、より汎用性のあるオフセット印刷の登場、さらには90年代以降のDTP(デスクトップパブリッシング)の隆盛により、書物の現場では過去の遺物に。だが、メインストリームからの離脱と反比例するようにアートとしての価値が高まっていく。
「ニューヨークで90年代にレタープレスとして注目を集めたのがきっかけです」と東京・新橋の印刷工房、河内屋代表の國澤良祐氏は語る。活版は判子のように左右逆になった活字を組み、紙に押し当ててプリントされる。その際に生まれる自然な隆起と微かな陰影が特長。本来の活版印刷ではこうした凹凸を目立たないようにすることが美徳とされていたが、ニューヨークのアーティストたちはむしろ強調させてクラフト的な価値を見出した。やがて欧州、そして日本へと伝わり、現在のようにプレミアムなステイタスを獲得している。
とはいえ、活版印刷の現場を支えた多くの職人は退き、活字の鋳造や機械のメンテナンスは困難。とてもかつてのように書籍や雑誌をつくることは難しい。若い後継者たちの工房も、名刺やポストカードを手掛けることがほとんど。そんななか、河内屋では新しいチャレンジで温故知新を試みている。ウィリアム・モリスの鮮やかなフローラルパターンの忠実な再現、箔押しとは異なった金や銀のインキによる質感の表現など、技術革新への研究がやむことはない。
「五感に訴えかける質感が活版印刷の魅力ですね」と國澤氏。PCやスマートフォン上の文字や絵にはない奥深さこそ、活版印刷の真骨頂だ。書物と共に5世紀の間に培われた芸術性は、本物のアナログだからこそ持ちうるしたたかさの証と言える。
文=酒向充英(KATANA) 写真=松崎浩之(INTO THE LIGHT)
(ENGINE2020年12月号)
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