2021.12.23

CARS

ジャガーXJとトヨタ・ソアラの2台持ち 乗り継いできたクルマのすべてに家族のストーリーがある

免許を取って最初に乗った日産スカイラインから40年、巨大なキャデラック・エルドラドから、軽自動車の日産モコまで数々のクルマを乗り継いできた佐手達男さんを軽井沢に訪ねた。

乗り継いだクルマは全部で18台!

色づいたコナラやモミジが秋の陽で輝いている。下から見上げると黄色と赤のステンドグラスのようだ。晩秋の軽井沢は紅葉の真っ盛りで、観光名所の雲場池はマスクをした多くの人で賑わっている。“密”が不安そうな顔をした観光客をよそにモミジは水面を真っ赤に染めている。



目的地はこの近くの別荘地。落ち葉の絨毯になった小道にクルマの鼻先を向けた。

「知人と共有名義の山荘にクルマはあります」とメールには書いてあったが、山荘と呼ぶにはあまりにもモダンな平屋の前にジャガーXJとトヨタ・ソアラは停まっていた。

見るからに温和そうな佐手さんに続いて、息子さんとお嬢さんも外へ飛び出してきた。挨拶を交わすと、子供たちは私の乗ってきたジャガーXJ6に駆け寄り「オトーサンのに似てる」、「カッコいいですね」と興味津々の様子。騒ぎが気になったのか、奥さんと愛犬も登場し、大歓迎を受けた。一家のキラキラした笑顔は、佐手さんが今日の日差しのように家族に愛情を注いだ証だと思った。

一方、クルマに関しては浮気性と言われても仕方がないかもしれない。40年間で乗り換えたクルマは14台、2019年秋にはトヨタ・クラウンを増車した。両親のために買ったり、義父のクルマを預かったりするのを加えれば計18台に乗ってきた。

「子供の頃からクルマが好きでした。日本グランプリをテレビで観て興奮したのを覚えています」

免許を取って初めて運転した日産スカイライン2000GTハードトップとともに。佐手さんにとって、これまでの人生のなかで最も印象深いクルマだという。

「20歳で免許を取得し、父のクルマであったハコスカ、日産スカイライン2000GTハードトップ(1971)を乗り回していました。GTR用のスティール・ホイールを履かせて。楽しかった」

いきなりキャデラックを購入

アルバイトで貯めたおカネでスバル・レオーネに乗り換え、社会人になって初めてガイシャを買う。

「中古のキャデラック・エルドラド(1980)です。いきなりキャデラック(笑)。学生時代から大きなアメリカ車に乗りたくて。マーキュリー・クーガと迷ったんですが、駐車場に入るのはエルドラドでした」

5.7リッターV8を搭載する巨大なFFサルーンは、驚くほど壊れたという。キャデラックから乗り換えた新車のシボレー・カマロ(1988)は、キャデラックほど壊れなかったけれど2万kmを超えたあたりから、明らかに足回りがヘタってきた。結婚を機に義母から譲ってもらったメルセデス・ベンツ230E(W124)に乗り換える。

「あー! クルマって高速道路をこんなに真っすぐ走るんだあ!」と思ったという。

それなのに、アメリカ車が好きだったのでキャデラック・フリートウッド(1992)に乗り換える。フリートウッドは予想を裏切らなかった。3年、7万kmを過ぎた頃から故障を繰り返した。

「今度は義父のトヨタ・セルシオ(1991)を譲ってもらいました。W124より感動しました。V8は静かだし」

国産車の静粛性や信頼性の高さに改めて感服した佐手さんは、頂点を味わいたいと考え、トヨタ・センチュリー(1998)に乗り換える。

「社用車で3年落ち、走行3万8000kmのものを買いました。いやあ、もうシビれました。ウルトラ・スムーズなV12、とろけるような乗り心地。セルシオとは比べ物にならなかった。家族にも評判が良く8年、8万kmほど乗りました。自分の車歴のなかで最も長かった」

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