2020.06.27

CARS

「ポルシェをデザインする仕事」第9回/山下周一 (スタイル・ポルシェ・デザイナー) 独占手記

本文にもあるヴェラム紙にプリズマカラーで描いてみた。久しぶりの感触。プリズマカラーが削れていく感触は鉄にヤスリをかけている感触に近いかも。学生時代、好きな車は、と聞かれてポルシェの928と答えた。あの時点ですでに発売から16年も経っていたにもかかわらず、斬新なスタイリングは自動車デザインを学ぶ学生にとって一つのあこがれでもあった。

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かつては冷蔵庫、洗濯機、テレビだった〝三種の神器〞が、今では新たな道具に取って代わられたように、カー・デザイナーの〝三種の神器〞にも変遷がある。


第9回「カー・デザイナーの〝三種の神器〞(前篇)」


スマホ、充電ケーブル、携帯型バッテリー。さてこれってなんでしょう? 独断と偏見ではありますが、これらこそ現代版〝三種の神器〞で はないでしょうか? 今どきスマホ があれば、ほぼなんでも出来る。調べ物、地図、電話、テレビも観られるしラジオも聴ける。本だって読めちゃう。電車にも乗れるし、買い物だって出来てしまう。スマホこそが現代人のマスト・ツールであります。なので一番怖いのがスマホのバッテリー切れ。それを防止するためのケーブル、いざという時のための小型バッテリー。これらが現代の〝三種の神器〞と確信します。


私が子供の頃には、日本人の三種の神器といえば冷蔵庫、洗濯機、テレビでした。そりゃ今でも冷蔵庫が無いとかなり困るし、洗濯機も必要。ただ昔と違って今では冷蔵庫の代わりに近くにコンビニがあればなんとかなるし、洗濯機も自分で買わなくてもアパート備え付けのものがあったり、いざとなればコインランドリーもある。


テレビも、我が家なんてもう1年以上テレビ無しで全く不自由なし。その代わり各自スマホやタブレットを持っている。一家団欒もリビングにみんな居ながら各自がスマホやタブレットを見ている異様な空間(我が家ですが……)。というわけで、現代版〝三種の神器〞はスマホならびにその周辺機器に決定! 前置きが長くなりましたが、今回はカー・デザイナーの〝三種の神器〞について書きたいと思います。


アートセンターの買い物リスト


私がロスアンジェルスにあるアートセンターに入学した1990年頃はそれこそインターネットもなく、個人で所有するコンピューターもそれ程ない時代だった。コピー機はあったけどまだデジタル化されていなくて、拡大縮小も中途半端に114%拡大、70%縮小といった具合で、カラー・デジタル・コピーはまだまだ大きな画材屋とかにしかなかった。


アートセンターはとにかく理論より実践に重きをおく学校なので、そのために揃える道具類も結構な数(値段も!)になったのを覚えている。入学式直後にもらった買い物リストを持って学校近くのアート・ストアに行くと、そこは新入学生で大混雑。大きなバスケットを持って片っ端から必要な画材類を入れていった。


まずは鉛筆。ヴェロールという会社のプリズマカラー色鉛筆の色セット。この色鉛筆は非常にソフトで特に後述するヴェラム紙とはとても相性が良く、まさにブレッド・アンド・バターの関係である。一緒にもう少し芯の硬いヴェリシンという色鉛筆も購入。次は紙。当時のトランスポーテーション学科の必需品ヴィンセントヴェラム社のヴェラム紙。薄くて丈夫、尚且つ表面に細かい歯が有りパステルの乗りが非常に良い。


大きさも、A4、A2、50cm×100cmなどが揃っていて、自動車デザインを専攻する生徒は全員が購入。効率的に紙を使おうとA2を半分に切って使っている生徒もたくさんいた。そしてパステル。車の絵を描く時、好みの色を削って紙に擦り付ける。混ぜても使う。ウィブロール・パッド。パステルを紙に擦り付ける際、このコットンで出来たパッドに少し移し取って擦る。その際ジョンソン・ベビーパウダー(ベビーオイルではない!)と一緒に混ぜると、薄く大きく伸ばすことが出来る。


イリプスガイド。いわゆる楕円定規。10度から5度ずつ80度までの楕円のテンプレート。タイヤを描くのに使われる。様々な大きさがある。何を隠そうこのイリプスガイドがめちゃくちゃ臭い。う○この匂いがする。マジである(アートセンター出身の方、きっと大きく頷いているはず!)。もう30年近く使っているがまだ臭い。洗剤で洗ったり、香水を振りかけたりしたが全く効果なし。一体何で出来ているのであろう?


928の最大の魅力は、何といってもリアまわりにある。3次元に曲げられたリア・クオーター・ウインドウ、樹脂製の一体型バンパー、3D処理されたリア・ランプ回り、サイドに突き出したエグゾースト・パイプなど、発売後45年(!)たった今も新しい。電話のダイヤルと言われたホイールも、今見てもとてもカッコいい。


ボーッとしてくる匂い


マーカー。今ではマーカーといえばTOOコーポレーションのコピックマーカーが主流だが、当時はADマーカーというアメリカ製のマーカーを使っていた。よく使うのが黒、グレー各種、赤等。実はこのマーカーも臭い。あっち系(トルエン系化合物)の臭さである。この匂いはあんまり嫌では無い。が、小さい部屋で大勢でマーカーを使って作業していると、なんだかボーッとしてくる。危険である。このマーカーはパステルとの馴染みがよく、ぼかしやグラデーションが上手に表現出来た。


マーカーフィックス(定着剤)。パステルで描いた絵はまだパステルが紙の上に乗っているだけの状態なので、さらに色を載せたい場合、一度パステルを定着させる必要がある。そのため、このスプレーを使うのだ が、これもまた臭い。本来なら外に出て使うべきなのであろうが、みんな倒なので教室でバンバン使う。ボーッとしてくる。絶対に体に悪い。それでも州の規制により、体に悪い成分はかなり取り除かれたのだと聞いていた。それ以前はもう御構い無しに有機溶剤入りの画材を使いまくって、教室にうっすら有機溶剤の霧が立ち込めていたらしい(あくまで噂ですが)。


カーブ定規。アートセンター・トランスポーティション科で始めに作らされるのがこの5種ほどの定規である。自動車は様々な曲線で構成されているので絵を仕上げる場合この定規が必要になってくる。今は亡きマクミン先生の授業で作ったこの定規は、今でも使う宝物みたいなものである。ストローサー・マクミン(Strother MacMinn)。この方は日本の自動車デザイン黎明期を支えた方で、特にトヨタ・デザインに大きな影響を与えた。日本で初めてのサテライト・スタジオ、トヨタCALTYの設立にも尽力された方である。


私が教えを乞うた時はもう70歳を超える高齢だったにもかかわらずユーモアに満ちた授業で、みんなから愛され慕われていた。普段は手が微かに震えておられるのだが、線を引く時やカーブ定規のチェックをする時には震えはピタッと止まり、静かに指を動かしながら、「ほら、ここにまだ傷が残っているよ、もう一回削って きなさい」と優しく指導されたことを思い出す。カーブ定規はバンドソーで荒削りしてあるプラスチックの 定規を各自紙ヤスリで仕上げるのだが、その仕上げが甘い(傷が残っている)と、一発で指摘されてしまう。懐かしい思い出である。


というわけで、ヴィンセントヴェラム紙、ヴェロール色鉛筆、ADマーカー。これらが私の学生時代の無くてはならない〝デザイナー三種の神器〞であった。スケッチの時、ヴェロールの色鉛筆がヴェラム紙に削り取られていく感触は一種の快感である。それをADマーカーで半分溶かしながら塗り潰していくのもまた快感である! 


授業にはプロのデザイナーがたくさん教えにきていたので、よくクラスの前でデモを行ってくれた。おもむろに用意したスケッチパッドにスラーっと車を描いて行く様子にはほんとに憧れたものである。下級生の頃スケッチヘルプというのがあり、教室に行くと上級生の絵の上手い生徒が控えていて、自分の絵を見せながらここが上手くいかないとか、どうすれば自分の絵がもっと魅力的に見えるのかなど相談にのってくれる。


持ってきたスケッチをさっとヴェラムの下に滑らせ、上から重ねた紙にマーカーや色鉛筆でスラスラとスケッチを描きながら、「ここはこうすれば良いんだよ」とか「パースが狂ってるなぁ」などとアドバイスをもらうとアーラ不思議、さっきまでのしょぼいスケッチが見違えるくらい立派になっているのである。今では殆どの画材がコンピューターソフトに置き換わってしまった。かさばるスケッチパッドを持つ必要もなく、画材の入った重い工具箱を持つ必要もなくなった。パステルで指先が真っ黒になることもなくなった。


 この30年ほどの間に如何にカー・デザイナーの使う道具が変化していったのか。次回、書いていこう。


文とスケッチ=山下周一(ポルシェA.G.デザイナー)

(ENGINE2019年4月号)


山下周一(やました・しゅういち) /1961年3月1日、東京生れ。米ロサンジェルスのアートセンター・カレッジ・オブ・デザインで、トランスポーテーション・デザインを専攻し、スイス校にて卒業。メルセデス・ベンツ、サーブのデザイン・センターを経て、2006年よりポルシェA.G.のスタイル・ポルシェに在籍。エクステリア・デザインを担当する。

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