森を抜けた先、竹林に囲まれた巨大なオブジェのようなガラスの構造物。まるで自動車美術館か博物館のような圧倒的な存在感を放つガレージ。なかにクルマがなければこれがガレージだとわかる人はいないだろう。
スーパーカー世代でクルマ好きのUさんが、別荘の敷地に建てたガレージは4面全てガラス張り。まるで大切なコレクションを飾っておくためのショーケースのようだ。照明に照らされて、フェラーリ328GTS(1989年製)、ランボルギーニ・カウンタック25thアニバーサリー(1989年製)、ロータス・ヨーロッパ・スペシャル(1973年製)が夕暮れの竹林に浮かびあがっている。こんなガレージ、ハリウッド映画でも観たことがない。
これまで「マイ・カー&マイ・ハウス」では、インタビューをもとに、個性ある家とクルマを中心としたライフスタイルをお届けしてきた。取材を基本とする企画である。オーナーご本人に登場頂かないと、記事として説得力がない。ところが取材に協力したくても、仕事柄メディアに登場できない方は随分と存在する。Uさんもそんな一人であった。
ところが昨今は、コロナ禍ゆえインタビュー取材が困難な時期。そこで今回の「マイ・カー&マイ・ハウス」は少し方針を変えて「スペシャル」とし、ご本人は登場しない代りに、建築としてのガレージに焦点を当て、いつもの倍のページを使ってお届けすることにした。なんといっても、こんな美しいガレージを紹介しない手は無いと思うので。
Uさんの別荘があるのは、太平洋を望む山の上。6ヘクタールもある広大な敷地だ。もっとも海側は急峻な斜面のため直接アクセスできない。曲がりくねった山道を遠回りし、ようやくたどり着く。手に入れた時は、一面の原生林だったこの敷地。別荘ができたのは2012年のことである。遅れて19年にガレージが完成。どちらも設計は岡田哲史さんだ。手掛けたお宅は、小誌の「スーパーカーのある家」特集(2019年3月号)でも大きな話題となった。
Uさんが依頼したのは、時がたっても飽きのこない「タイムレスな建物」。その要望に岡田さんは、透明感のあるシンプルな建物で応えた。母屋は2階建ての細長い直方体で、それを直径50mの半円の壁が囲む形だ。間取りは2階が玄関、リビング・ダイニングとバスルーム。眼前には遮るものが無く、海が一望できる。そして1階には3つの寝室と2台分の駐車スペースが。その横は内玄関になっている。クルマに乗ったまま敷地に入り、50mほど行くと二股に分かれ、左手は冒頭のガレージに。右手はトンネルになっており、100m先が1階の駐車スペースである。しかも建物内で切り返しができるうえ、一面は大きな窓で海が見える贅沢なつくりだ。こんなため息ものの世界が日本にあったとは。聞けばこれまで何度もCMで使われてきたとか。納得である。
建築史からの学び
こうした大きな別荘を紹介すると、岡田さんは富裕層御用達の派手な建築家と誤解されかねないが、設計を生業とする前は、建築史の論文を書いていた学者である。その後自らの建築事務所を始め、世界的に権威ある建築賞を受賞。国際的に活躍している。大規模な住宅・別荘の依頼が多いのは、作風と自然体な人柄に惹かれる人が多いからだろう。
そんな岡田さんは、古今東西の建築の歴史から学ぶことは多いと話す。このガレージも、そうした研究家としてのバックグラウンドと、建築家としての美意識が融合したものだ。
もう一つの大きな問題は結露だ。これには、対角線の位置に高さの違う吸気・排気用のダクトを設け、電動ファンだけの力で対応する工夫が。因みに、ガレージの入口は一見自動扉のようだが、手動である。扉が重いため、自動にすると機械類が大掛かりで無粋になる。これを避けた。扉は上から吊るされた構造で、ガイドレールは床面に無い。細やかな配慮だ。このガレージは見た目はシンプルだが、随所に思索の跡が観られる、考え抜かれた建物なのである。
豊かなカーライフ
それにしてもUさんは、本当にクルマ好きだ。家族のものを含めると、全部で15台。そんなUさんのカーライフを紹介したい。まず別荘に持ってきているのは、前述の3台の他に、ロータス・ヨーロッパ・スペシャル(1974年製)、ケータハム・スーパーセブンBDR(1989年製)、ケータハム・スーパーセブン 620R(2016年製)。バイクもハーレーが3台、ホンダが2台ある。
なんといっても好きなのは、昔のスポーツカー。特にケータハムを含めたロータスが多いのは、Uさんの哲学と共通するからだ。
「漫画『サーキットの狼』ではないが、資金的に制約が多い者が、知恵を絞って大金をかけた者を打ち負かす発想が、自分の人生観と重なる」 と話す。
今後手に入れたいのは、フェラーリ512BBやランボルギーニ・ミウラなどの古いクルマ。もっともここ何年かは価格が高騰しているのが困ったところだとか。さらに、所有する古いクルマの発展形にも興味がある。冒頭のページに登場したフェラーリ328GTS、ランボルギーニ・カウンタック、ロータス・ヨーロッパの現代版だ。ロータスでいえばエキシージに当たるクルマである。実はフェラーリ328から進化したV8シリーズの最終版、フェラーリF8トリブートにオーダーを入れ、納車を待っている状態だとか。またランボルギーニであれば……コロナ禍のため大きく値引きされていたランボルギーニ・ウラカン・ペルフォルマンテ(2019年製)に、先日出会ってしまったそうだ。この新旧の3種類のクルマを、ガラスのガレージのリフトの上に古いモデル、下に新型を納めるのが夢だという。
因みに自宅は東京にあり、普段の通勤の脚としてアウディQ7(2007年製)を使っている。もっとも仕事の関係でどうしても国産車に乗る必要もあり、最近は日産GT-R NISMO(2017年製)を手に入れた。なんとも素敵な選択ではないか。そして週末用にロールス・ロイス・ゴースト(2011年製)が。奥様用のベントレー・コンチネンタルGT(2006年製)は、近く21年製のものに代わる予定だ。
その他別荘用として、敷地内の獣道を走るため、改造して車高を5インチ上げたスズキ・ジムニー(1989年製)が。他には、釣りなどに出かけるため、毎週のように乗っているスズキ・エブリイ・ワゴン(2017年製)など、TPOによってクルマを使い分けている。これもまた楽しそうなカーライフだ。
さて、ガレージの設計に家一軒以上のエネルギーが注がれた今回のスペシャル、如何だっただろうか。岡田哲史さんの手掛けるワールドクラスの建築は、驚きの連続だ。手の届かない世界だが、ワクワクさせるものがある。そしていつもながら、クルマだけでなく建物も素敵だと、人生はさらに充実すると思ったものだ。
■建築家:岡田哲史 1962年兵庫県生まれ。NYのコロンビア大学大学院で学び、早稲田大学で博士号を取得。建築史の研究活動をした後、本格的に設計活動を開始。住宅や別荘からギャラリー・音楽ホールまで幅広く手掛ける。建築史に造詣が深く、美しく細やかなディテールと豊かな空間性には定評が。2006年に権威ある国際建築賞を受賞したため、世界的に知名度が高く、海外でも設計・教育・講演活動をしている。写真の住宅は小誌の「スーパーカーのある家」特集(2019年3月号)で大きな話題に。
文=ジョー スズキ 写真=繁田諭
(ENGINE2020年11月号)
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