2023.05.14

LIFESTYLE

独断専行の暴君か、それとも天才芸術家か? 現代最高の女優ケイト・ブランシェットが新作『TAR/ター』で見せた鬼気迫る名演

撮影はドレスデン・フィルの本拠地で

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米アカデミー賞にノミネートされたのは8回、うち2度の受賞を誇る女優、ケイト・ブランシェット。キャリア最高の演技と評された彼女の最新作はなにが凄い?

3度目のオスカーは逃したが……

キャサリン・ヘプバーンからメリル・ストリープまで、その時代を代表する名女優というのがいるが、現代最高の演者としてここ数年、必ず名前が挙がるのがケイト・ブランシェットである。これまで彼女は、エリザベス1世からボブ・ディランの役までをこなす、多彩な表現力で2度アカデミー賞を獲得している(『アビエイター』と『ブルージャスミン』)。8 度目のオスカー候補となった最新作『TAR/ター』では受賞こそ叶わなかったものの、ゴールデン・グローブ賞やヴェネチア国際映画祭など、世界の錚々たる賞で主演女優賞に輝いた。



本作でブランシェットが演じるのは、ベルリン・フィルで女性初の首席指揮者に就任したリディア・タ―(架空の人物)である。偉大なる芸術家として各界の尊敬を集める彼女は、私生活も順調で、パートナーであるヴァイオリニストの女性と養女を育てている。だがマーラーの交響曲第5番のライブ録音という大仕事を抱えている彼女のもとに、不穏なニュースが飛び込んでくる。かつてターが指導した若手指揮者が自殺したのだ。順風満帆だった彼女の人生は、ある嫌疑をかけられたことがきっかけで一気に崩れていく……。

ドイツ語とピアノもマスター

まず本作で目を見張るのは、ブランシェットの完璧な役作りである。映画のためにドイツ語とピアノ演奏を習得した彼女は、レナード・バーンスタインに学んだというターになりきり、見事な棒さばきを見せる。撮影が行われたのはドレスデン・フィルの本拠地。その徹底したこだわりが、ふんだんに登場するリハーサル場面にリアルな緊迫感を与えている。

次第に狂気に呑み込まれていくヒロインは、けっして誰もが共感できるような人物ではなく、むしろ独断専行で威圧的、時に身近にいる人を平気で裏切るような暴君である。だが様々な重圧に苦しみ、正気を失っていく中でも、彼女の中に残るのは芸術家としての矜持と音楽に対する愛。ケイト・ブランシェットはそんな複雑な内面と才能を持ち合わせた女性の姿を、圧倒的な存在感と繊細な芝居で見せつける。まさに彼女が現代最高の女優であることを改めて、ここで証明するかのように。

『TAR/ター』
楽団のリハーサル場面の撮影はドレスデン・フィルの本拠地、クルトゥーアパラストを借りて行われた。劇中ではマーラーの交響曲5番のほか、エルガーのチェロ協奏曲も登場するが、この楽曲の弾き手を演じるソフィー・カウアーは、実際にプロのチェロ奏者として活躍している。監督は『イン・ザ・ベッドルーム』と『リトル・チルドレン』の2作でアカデミー賞脚色賞にノミネートされたトッド・フィールド。本作が16年ぶりの新作となる。159分。配給:ギャガ TOHOシネマズ日比谷ほか全国ロードショー中 (c) 2022 FOCUS FEATURES LLC.

文=永野正雄(ENGINE編集部)

(ENGINE2023年6月号)

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