各モデルごとに適切かつ強力なライバルをブツけ、本丸F1でも勝負を挑む。打倒フェラーリを目指すアストンマーティンの、ハイパー・カーでありSF90 XXや849テスタロッサの宿敵となるヴァルハラに、モータージャーナリストの西川 淳が試乗した。
打倒フェラーリにおける最後のピース
今や1億円前後領域が“シリーズ・モデル”のミドシップ・スーパーカー界におけるハイエンド・ゾーンとなった。強力なターボ・エンジン+前2後1計3基の電気モーター+高電圧バッテリー+デュアルクラッチ式自動MT、というプラグイン・ハイブリッド・システムを積んで、総合出力は1000馬力前後。フェラーリやランボルギーニが精力的に取り組むクラスである。

忘れてはならない存在がアストンマーティン・ヴァルハラだ。後述するがアストンのビジネス戦略はフェラーリの本拠マラネッロをとても意識している。それゆえ849デビューを察し急遽試乗の機会を設けたのかもしれない。
マラネッロ流ビジネス・モデルへの挑戦はどうやら超本気だ。2021年に61年ぶりとなるF1復帰。大富豪ローレンス・ストロールがアストンマーティン・ラゴンダの大株主にもなり、所有するF1チームの名をアストンマーティンに変えた。ストロールは今、本気でF1界の頂点を目指す。
23年には最新にして最大規模のF1ファクトリーが完成。ホンダ・ワークスPUを採用し、エイドリアン・ニューウェイと元フェラーリのエンリコ・カルディーレも加入した。これでドライバーの布陣さえ整えばルールの変わる26年は“必勝体制”で挑むことになる。
何がなんでもF1の頂点に立つ。同時にロードカー・ビジネスもトップを狙う。アストンのロードカー・ラインナップは今やマラネッロのそれとほとんど同じだ。
2座スポーツの296シリーズにはレイアウトの違いこそあれヴァンテージSが、V8クーペ&オープンGTのアマルフィにはDB12が、V12をフロント・ミドに収める12チリンドリにはヴァンキッシュが、SUVのプロサングエにはDBX Sが、ハイパー・クラスのF80にはヴァルキリーがそれぞれ対応。最後のピースがヴァルハラだ。

999台の限定とはいえ、SF90XXもしくは849テスタロッサと対峙し、価格帯もほぼ同じ。カーボン・モノコック・ボディの採用や美しいスポーツ・プロトタイプ・デザインなどで跳ね馬とは明確に違う個性をアピールする。
エンジンの仕様にも注目。アストンといえばメルセデスAMG製V8が主力だが、ヴァルハラ用は従来のM177型とは別物のM178LS2型。AMG GTブラック・シリーズ用ドライサンプ・フラットプレーン・タイプをアストン開発陣がビスポークし、単体で823psを発揮。システム総合出力は1079psだ。
即座に一体感が得られる
今回は英シルバーストーン・サーキット内にある専用テスト・トラック“ストウ”で試乗した。一周1.7km程度だが、十分に長い直線と多様なコーナーで構成された、面白いコースであることを習熟用のヴァンテージでまずは理解する。
ヴァルハラに乗り込む。スパルタンだ。とはいえヴァルキリーほどではない。レザーをもっと奢ればリラックスできるはず。ヴァンテージの着座位置がサルーンに思えるほど視線が低い。緊張しながら走り出したが、荒れた路面を見事にいなし、ピット・ロードを出る頃には扱いやすいと思い始めていた。

その乗り心地やパワートレーンの反応からは1000馬力以上のモンスターであることをまるで感じない。コースに出れば、即座に一体感を覚えていた。裏のストレートで右足を最奥まで踏み込んでみる。ガツーンと腹に衝撃。けれどもヘルメットを被った頭はさほど動かない。安定している。
すぐさまコーナーが迫った。制動はソリッドでしかも調整しやすい。回生システムの作動による違和感もなし。続くコーナーでは前2モーターのおかげで高いギアをキープしたまま驚くほど素早くクリアする。けれどもステアリングの操作感は極めてクリーンかつダイレクト。電気モーターの存在をほとんど感じない。
周回を重ねるごとに速くなる。限界が掴めない。そのうち下腹部が悲鳴をあげ始めた。日頃の運動不足が祟って脇腹が痛くなったのだ。前後左右のGによるストレスが大いにかかっていた。
あと数周の持ち時間を残しピットへ。緊急事態かとスタッフが慌てて駆け寄る。事情を話して笑われた。ただそれだけが、後悔されるテストでもあった。
文=西川 淳 写真=アストンマーティン
■アストンマーティン・ヴァルハラ
駆動方式 ミドシップ縦置きエンジン+3モーター4輪駆動
全長×全幅×全高 4727×2014×1161mm
ホイールベース 2760mm
車両重量 1550kg未満
エンジン形式 水冷V型8気筒DOHCツインターボ
排気量 3982cc
システム最高出力 1079ps
システム最大トルク 1100Nm
一充電航続可能距離 14km
トランスミッション 8段デュアルクラッチ式自動MT
サスペンション形式(前/後) ダブルウィッシュボーン/マルチリンク
ブレーキ(前後) 通気冷却式カーボンセラミックディスク
タイヤ(前/後) 285/30ZR20/335/35ZR21
車両本体価格 1億2890万円
(ENGINE2025年11月号)