村上 奥山さんがブランドアドバイザーを務めたセイコー プロスペックスのハイエンドコレクション、ルクスラインをさっそく着けてみました。こうしてはめてみると、デザインが素晴らしいだけでなく、装着感が抜群であることがよく分かりますね。
奧山 ありがとうございます。このルクスラインは、1968年に発売されたセイコーのプロフェッショナルダイバーズというモデルを、今の時代にあわせて“正統進化”させたものなんです。たとえば現代の規格でダイバーズウォッチをつくると、どうしても厚みが出てしまいます。そこで腕から浮いた感じにならないよう、時計全体の重心を肌に近づけて下げるなど、様々な改良を施してあるんですよ。
村上 なるほど。腕に気持ちよくフィットするのはそのためなんですね。本日はクルマの話も絡めながら、ルクスラインが誕生した背景や、奥山さんがこの時計にこめられたこだわりなどについて、いろいろとお話を伺っていきたいと思います。奥山さんといえばエンツォ・フェラーリやマセラティ・クアトロポルテなどのクルマだけでなく、鉄道や建築、ロボット、テーマパークなど、非常に多彩な分野のデザインを手掛けてこられました。今回はなぜセイコーの仕事に携わろうと思われたんですか?
奧山 僕の頭の中には、一生のうちに絶対やりたい仕事のリストというのがありまして、セイコーの仕事もそのひとつだったんです。最初にセイコーと出合ったのは今から40年以上前。高校生の時に両親に買ってもらったセイコー5でした。ガラス風防がダイヤモンドカットで、ダイアルの色はグリーンだったと記憶しています。実は山形の高校から武蔵野美術大学に進学して、初めてのバイト代で買った時計もセイコーだったんですよ。オレンジ・ダイアルの、“タートル”というニックネームがついたダイバーズウォッチ。初めて自分で買った時計ですから、その時は本当に嬉しくて(笑)。大学を卒業してアメリカのデザイン学校に進んでからも、いつも大切にはめていました。ちなみに亡くなった父もずっとセイコーをしていましたし、祖父の形見として僕がもらい受けた金メッキの時計にも精工舎と刻まれていました。ですからセイコーというブランドには昔から格別な思い入れがあり、いつかセイコーの時計を自分の手でデザインしてみたい、という思いは常に持ち続けていたんですよ。
村上 ルクスラインのプロジェクトはいつ頃、立ち上がったんですか?
奧山 2年ほど前です。その前にセイコーウオッチのライセンス・ブランドであるイッセイ ミヤケ ウオッチのデザインを手掛けたんですが、セイコーのみなさんと仕事をしていくうちに、次はスポーツウォッチの分野を見直して、デザインも一緒にやっていきましょう、という話になったんです。その頃、セイコーウオッチが会社として掲げていた“継承と進化”という方針にも大いに共感していましたしね。
村上 先ほど仰っていた、正統進化という話ですね。
奧山 そうです。もともと日本のメーカーは、新しい技術や製品を次々に市場に投入していくのは得意なんですが、その分、自分たちが過去に作ってきたものを否定してしまうようなところがあるんです。これはヨーロッパの有名ブランドではありえないことです。クルマでいえばポルシェ911がいい例。1963年に登場してから今日に到るまで、どのモデルもパッと見てすぐに911と分かりますが、どれひとつとして同じパーツは使っていない。中身を確実に進化させながら、前につくられたモデルの価値をしっかり継承しているんです。空冷の911なんて何十万台も作られたのに、いまだに高値で取り引きされていますからね。
村上 しかもその8割が現役で走り続けていることが驚きですよね。
奧山 我々が今回、目指したのは、セイコーが持つヘリテージを上手く進化させて、新たなモデルを作りあげること。そのベースとして選んだのが、1968年のプロフェッショナルダイバーズだったんです。そのモデルは、当時、世界最高水準の10振動メカニカルハイビートを搭載した、300m防水モデルで、ディテールの作りこみはシンプルながら、非常に理にかなったデザインをしている。この名機を正統進化させると同時に、今まで個々で形成されていた陸・海・空のスポーツウォッチのラインナップにもデザイン的な統一感をもたせて、現代のセイコーに相応しい、ハイエンドなコレクションをつくりましょう、ということになったんです。
村上 今、奥山さんがはめてらっしゃるのが、今回発売される海、僕がはめているのが空のモデルですね。シンプルでありながらモダンな、まさに奥山さんのデザイン哲学がうまく表現された時計だと思います。先ほど、正統進化をさせるにあたり時計全体の重心を下げたという話がありましたが、オリジナルと比べて、そのほかどのような変更を加えられたんですか?
奧山 時計の重心を下げるとなると、それだけで全体の角度を変えながら、ミリ単位の調整が必要となってきます。たとえばベゼルのすぐ下にあるケース側面の角度ですが、1968年モデルでは22度だったのを、もう少し面を上に向けて30度に変えました。この時にイメージしたのが、僕の友人であるフリーマン・トーマスがデザインしたアウディTTです。あのクルマはすべての面が上を向くようにデザインされているんですが、上向きの面で構成されたクルマというのは外光が当たりやすい分、それだけクルマとしての存在感が増すことになるんです。また凹面よりも凸面の方が力強い印象を与えるので、ルクスラインを構成するすべての面も、凹みのない凸面で構成することに決めました。
村上 確かに少し離れたところから見ても、ルクスラインには力強い存在感がありますね。
奧山 実はこの時計のコンセプトのひとつが、「5m先から見ても分かるデザイン」だったんです。日本の時計は近くで見ると丁寧に作られていていいけれど、離れた場所から見ると途端に存在感が希薄になる。たとえば電車に乗っていても、隣の車両からそれと分かるデザインの時計にする。それが今回、僕がルクスラインで目指したものです。
村上 5m先から分かる時計というのは、50m先から見ても分かるクルマと同じことですね(笑)。先ほども申し上げましたが、奥山さんのデザインの特徴のひとつには存在感の強さや、押し出しの強さがあるように思います。それでいて近づいてみて、ディテールをしっかり見直してみると、実はものすごく繊細につくられていることが分かる。ピニンファリーナ時代のフェラーリにしてもマセラティにしても同じような印象を持ちます。
奥山 たとえばこのセラミック表示板の逆回転防止ベゼルにしても、スキューバダイビング中にグローブをした手でも回しやすいよう、刻みの部分を昔より大きくしてあるんですよ。やはりスポーツウォッチというのは実用的なものでなくてはなりません。ですからデザインだけでなく、そういうディテールには徹底的にこだわるようにしました。
村上 逆にルクスラインを作るにあたって、1968年モデルから継承したのはどのような部分なんでしょうか?
奧山 丸形と角形のインデックスのコンビネーションによる視認性の高さなどはこのモデルのアイデンティティですのでオリジナルのデザインを踏襲しています。あとダイバーズウォッチにとって一番重要な分針を、もっとモダンな、たとえば矢印がついた現代風のものに変えてしまおうという案も出てきたんですが、やはり主役は変えちゃいけないということでそのままにしました。僕がポルシェのシニア・デザイナーをやっていた時もそうだったんですが、セイコーのみなさんとは、納得のいく結論が出るまで、随分と熱い議論を戦わせたものです。
村上 基本的なことに話は戻りますが、そもそもルクスラインのルクスとは、光を意味するラテン語だそうですね。
奧山 その通りです。この時計のもうひとつのコンセプトが光を当てた時の美しさで、その部分に関しては随分と時間を費やして考えました。そもそも光というのは、日本の文化を語るうえで欠かせないものなんです。欧米の建築は光を遮断するように作られてきましたが、日本の家は障子があるように、光の入れ方を考えながら作られてきたんですね。建築物だけでなく、日本画にしても着物にしても、日本の文化というのは、非常に繊細な光の中で評価されるようなところがあるように思います。
村上 谷崎潤一郎も『陰翳礼讃』という随筆の中で、自然の光や影から生まれる日本人の美学について論じています。
奧山 日本の光は、陽気なカリフォルニアの光とは明らかに違うものです。もちろん石の文化を基本とするヨーロッパの暗い光とも違う。紙や木で形づくられてきた、日本の文化における繊細な光の扱いというのが、我々日本人の感性の中にはずっと残っているんでしょうね。セイコーには世界に誇れる素晴らしい技術がたくさんあるんですが、そのひとつがザラツ研磨という手作業でしか行えない磨きの技術です。このザラツ研磨を施されたルクスラインの鏡面が、光を受けて輝く姿は、本当に美しいと思いますよ。
村上 ルクスラインに搭載された、セイコーならではの技術と言えば、スプリングドライブというムーブメントもそうですね。秒針の滑らかな動きが特徴的ですが、これもセイコーでしか作ることのできない、ワン・アンド・オンリーなものです。
奧山 スプリングドライブは外部の温度変化や衝撃に強いので、スポーツウォッチには最も適しているということで選びました。ムーブメントだけでなく、このスプリングドライブに使用されている部品も自社及びグループ会社で製造しています。これは時計メーカーとしては大きな強みだと思いますよ。ヨーロッパにもそんな時計メーカーはほとんどありませんから。
村上 これまで奥山さんと言うと、西洋的なモノづくりを得意とする人という印象が強かったんですが、実は日本でのモノづくりにもこだわってこられたんですね。それが意外であり嬉しいことでもありました。
奧山 確かに僕はアメリカのデザイン学校で学び、ヨーロッパのブランドで長年、デザインの仕事を続けてきました。その経験から学んだものは何ものにも代えがたいんですが、日本で会社を興して、改めて己を見つめてみると、やはり自分が日本人であることに気づくんです。19世紀がヨーロッパの時代、20世紀がアメリカの時代だとすれば、21世紀はアジアの時代になると言われています。僕は毎月のように香港や上海に出かけてアジアの国の仕事をしていますが、我々が思っている以上に、日本のブランドは、これからのアジアを引っ張っていくと期待されています。その先頭に立つのが、セイコーのようなしっかりとした技術と歴史を持つブランドではないでしょうか。ですので今回のようなプロジェクトに関わることができたのは本当に光栄なことですね。
村上 この小さな時計には、奥山さんのセイコーに対する思いや、日本人デザイナーとしての矜持、そして68年のダイバーズウォッチから進化し続けるセイコーの技術力など、様々な要素が詰まっているんですね。だからこそ、これだけの値段を出しても買うだけの価値があるんだと思います。ルクスラインを購入された人には、細部に至るまで作りこまれた時計へのこだわりをじっくり眺めてもらいたいですね。
奧山 そういう物語性が詰まっている時計であることは間違いないと思います。
村上 これからも奥山さんが、我々を魅了してやまない時計やクルマを作り続けてくれることを、心から楽しみにしております。本日はありがとうございました。
耐傷性が高いセラミック表示板を使用した逆回転防止ベゼルで、300m飽和潜水用防水を誇るダイバーズ=「海」モデル。セイコー独自の表面加工技術ダイヤシールドを施したチタンケース&ブレスレット、ケース直径44.8mm。税別63万円。(7月上旬発売予定)
「空」モデルもGMT搭載。24時間表示を2色で表示するサファイアガラス表示板のベゼルが美しい。セイコー独自の表面加工技術ダイヤシールドを施したチタンケース&ブレスレット、ケース直径44.8mm。10気圧防水。税別58万円。(7月上旬発売予定)
GMT搭載で簡易方位計を回転ベゼルに採用する「陸」モデル。自動巻きスプリングドライブ。セイコー独自の表面加工技術ダイヤシールドを施したチタンケース&ブレスレット、ケース直径44.8mm。20気圧防水。税別53万円。(7月上旬発売予定)
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話す人=奥山清行、村上 政(ENGINE編集長) 写真=近藤正一 まとめ=永野正雄(ENGINE編集部)
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