日本が生んだ最初で最大のポップアートと言えば、やはり浮世絵。特にその幅の広さ、奥の深さ、世界に与えた影響は現在のマンガに匹敵、いや凌駕する。
「子供の頃からマンガ好きです」と語る石川真澄さんが浮世絵の魅力に取り憑かれたのは、高校生の時に見た駅のポスターがきっかけだった。巨大な骸骨が襲い掛かる様を描いた「相馬の古内裏」。幕末の絵師、歌川国芳の代表作のひとつだ。
もともと絵を描くのが趣味だったこともあり、やがて浮世絵の世界に導かれるようになる。22歳の時に六代目歌川豊国に師事するも、師は高齢のため間もなく他界。その後は独学で学び、画家としてデビューを果たした。
一口に浮世絵といっても、そのジャンルは多岐にわたる。美人絵、役者絵、名所絵、枕絵。現代で言えば、それぞれグラビア、ブロマイド、絶景写真、ポルノにあたる。加えて高価な肉筆画は別にして、版画はかけそば一杯の値段で販売されていた。
「当時のメディア全般でしたね。新聞、雑誌のように庶民の情報源になっていたと思います」と石川さんは語る。だが明治以降、写真、そして映像の台頭により、カルチャーのメインストリームの地位を失った。
一方で日本を訪れた外国人から高い評価を受け、欧米で多くの画家に影響を与えたことから、〝高尚な芸術〟として命脈を保つことになる。
石川さん自身は浮世絵の様式、その技巧的な面に惹かれるという。「浮世絵は口、目や指、髪の生え際まで繊細なタッチで、線の美学だと思います。その一方でダイナミズムも混在しているのが魅力ですね」
現代的なモチーフにも積極的。デヴィッド・ボウイやKISSなどのロックスター、『スター・ウォーズ』のキャラクターなどもオリジナルの世界観を生かしながら見事に翻案してみせる。
石川さんの21世紀の絵師としての力量、センスに敬服しつつ、浮世絵自体の懐の深さもあらためて認めざるを得ない。平安時代の大和絵がルーツと言われるが、江戸時代に入って西洋絵画の遠近法を取り入れたり、ベロ藍と呼ばれるベルリン生まれの顔料が使われたりと新しい技術によって常に革新されてきた。
題材の選び方も斬新。文明開化の頃には、日本を訪れた外国人を描く「横浜絵」が爆発的に売れたという。これは外国のものにはほとんど関心を示さなかった中国版画は言うに及ばず、モチーフが宗教や神話にとどまっていた欧州の銅版画には見られない特徴だった。こうした好奇心と柔軟性こそ、日本人の国民性に通じている。
ポップアートの底力は、クリエイターと時代、そして大衆と常に共犯関係を結んでいくしたたかさにある。21世紀らしいカルチャーでアップデートをさせていく若い絵師の才能は、浮世絵自体が見出した遺伝子といえるかも知れない。
問い合わせ=今昔ラボ https://www.konjakulabo.com/
文=酒向充英 写真=松崎浩之
(ENGINE2020年5月号)
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