目標額100万円のクラウドファンディングで8億円超えを果たしたスピーカーが大反響を呼んでいる。鹿島建設が音響設計の知見を活かしたサウンドとは?
俳句は世界最小の詩と言える短さのなかに、時に深遠な世界の広がりを感じさせる。松尾芭蕉の秀句「閑さや 岩にしみいる 蝉の声」はその好例。十七音で山道の静寂の中でかしましい啼き声に包まれているような臨場感を呼び起こす。

天保11年(1840年)に創業し、多くの大規模な建設を手掛けてきた鹿島建設。大手ゼネコンの老舗がスピーカーを手がけたことは意外だが、これには同社が手がける建築物のひとつにコンサートホールがあることが関係している。設計段階で「音が各客席でどう聞こえるか」をシミュレーションできる音響技術がOPSODIS(オプソーディス)で、1990年代に英サウサンプトン大学と共同開発され、2000年代初頭からマランツなどのサウンドバーに搭載されていた。

同社で長く設備設計を担当していた村松繁紀氏は開発当初からその技術に魅せられており、OPSODISのさらなる普及を考え、上層部に自ら掛け合ったところ、プロジェクトチームに加わることに。OPSODISの立体音響を感動する音質で表現できるように、ライセンスではなく、自社で製作することにし、細部まで徹底的にこだわって完成させた。

確かにOPSODIS 1が生み出す立体音響は段違いだ。横幅40cmに満たないサイズながら、ヘッドフォンを装着しているかのように全方位から音が聞こえてくる。まるでコンサートホールで生の演奏を聞いているかのごとく、楽器や奏者の位置が手に取るようにわかるほど。全国の蔦屋家電などで開催された試聴イベントが反響を呼び、様々な賞を受賞、SNSでの拡散もクラウドファンディングの快挙を後押しした。
再生のデバイスはスマートフォンでも堪能できる。たとえば『プライベート・ライアン』冒頭のノルマンディー上陸シーン。あたかも実際の戦場に居合わせたかのように銃撃の音はリアルだ。
「スピーカーから60cm、耳までの角度は60°がベストポジションです」と語る村松氏は、今後はクルマの中での設置も考えている。「運転中は座る位置が固定されていますから、OPSODIS1を楽しむには最適だと思います」
何度も延期されたクラウドファンディングは、残念ながら6月末まで。古の俳人も一句詠みたくなるような、ミニマムサイズから広がる音のマジックの再登場を心して待ちたい。
文=酒向充英(KATANA)
(ENGINE2025年8月号)