ワインと同様、藍にも生まれ育ったテロワールが息づく。代表的なインド藍は主に赤道に近い場所で栽培され、深く濃い色合いが特徴だ。一方で、パステルはフランスのトゥールーズという限られたエリアの産物。葉の栽培量自体が少ないうえ、青色色素の粉を抽出する詳細なノウハウがないことから幻の染料と呼ばれる。インディゴ気仙沼を率いる藤村さやかさんが取り組んでいるのが、このパステルによる町おこしだ。
もともとは東京でPR会社の代表取締役をしていたが、震災後に訪れた際に知り合った地元の男性と結婚。まだ震災の爪痕があちこちに残る港町に住むようになる。そこで縁あって主婦たちが働く藍染め工房の代表を引き受けることになった。とはいえ、染色はまったくの未経験。世界的に活躍するインディゴ・アーティストに弟子入りし、一から製法を学んだ。
気仙沼という土地柄と住む人々の気質に惹かれたこともあったのだろう、藤村さんはやがて材料からの栽培を考える。最初は温暖な徳島産の蓼(たで)藍で試みるが、うまく育たない。試行錯誤のなかで出合ったのがパステルだった。「気仙沼はリアス式海岸で海からの冷たい風が吹きます。フランス南西部の海岸性気候に似ていることから、ここの風土に向いているのではと思いました」
種を取り寄せ、フランス語や英語ですら数少ない文献を読み込んでの試みが始まる。予感はあたった。2017年の粉の収穫量は400gに過ぎなかったが、年々順調に収穫量が増え、今年は12㎏を見込む。働く女性たちの士気も高い。地場素材、一枚ずつ手染めというローテクながら、人間中心ではなく、自然に人間が寄り添う"最高にイケてる企業"と胸を張る。
染物の世界では染料をつくることを「建てる」と表現する。この動詞は意義深い。復興にはビルが建つことだけではなく、住む人が街に抱くプライドの屹立が欠かせない。ここでは美しい彩りのブルーの染料がその役を担おうとしている。「被災地の」という枕詞ではなく、「パステルの気仙沼」と呼ばれる日の一刻も早い到来を祈りたい。
文=酒向充英(KATANA) 写真=西澤 崇(DOUBLE ONE)
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