2019.05.17

LIFESTYLE

しなやかな女性たちの手が港町の復興を彩る 気仙沼発、幻の藍〝パステル〞

そのプロジェクトは復興の槌音が響く街で始まった。 優しい色合いが海に似ているというインディゴの染物が、本格的な商品化を前に国内外で注目を集めている。
左がパステルで3回染めた試作品。右は1回で、「気仙沼の冬の海を思わせる」と藤村さんが語るグレーがかったブルーが特徴。パステルは海外のハイブランドでも注目されており、日本ではこのエリアのみでの栽培。安定した供給が待たれる。

ワインと同様、藍にも生まれ育ったテロワールが息づく。代表的なインド藍は主に赤道に近い場所で栽培され、深く濃い色合いが特徴だ。一方で、パステルはフランスのトゥールーズという限られたエリアの産物。葉の栽培量自体が少ないうえ、青色色素の粉を抽出する詳細なノウハウがないことから幻の染料と呼ばれる。インディゴ気仙沼を率いる藤村さやかさんが取り組んでいるのが、このパステルによる町おこしだ。


もともとは東京でPR会社の代表取締役をしていたが、震災後に訪れた際に知り合った地元の男性と結婚。まだ震災の爪痕があちこちに残る港町に住むようになる。そこで縁あって主婦たちが働く藍染め工房の代表を引き受けることになった。とはいえ、染色はまったくの未経験。世界的に活躍するインディゴ・アーティストに弟子入りし、一から製法を学んだ。


気仙沼という土地柄と住む人々の気質に惹かれたこともあったのだろう、藤村さんはやがて材料からの栽培を考える。最初は温暖な徳島産の蓼(たで)藍で試みるが、うまく育たない。試行錯誤のなかで出合ったのがパステルだった。「気仙沼はリアス式海岸で海からの冷たい風が吹きます。フランス南西部の海岸性気候に似ていることから、ここの風土に向いているのではと思いました」


種を取り寄せ、フランス語や英語ですら数少ない文献を読み込んでの試みが始まる。予感はあたった。2017年の粉の収穫量は400gに過ぎなかったが、年々順調に収穫量が増え、今年は12㎏を見込む。働く女性たちの士気も高い。地場素材、一枚ずつ手染めというローテクながら、人間中心ではなく、自然に人間が寄り添う"最高にイケてる企業"と胸を張る。


畑でのパステルの収穫風景。米ぬか、魚カス、椿油など、地元ならではの肥料を使っている。周辺の農家の協力が欠かせないという。


収穫したパステルの葉から青色色素の粉を抽出し、染料に仕立てる。1㎏から取れる粉は約2g。年毎に順調に収穫量が増えている。


オーナー、染め師である藤村さやかさん。パステルから抽出した青色色素をお子さんと笑顔で見つめる。透明感のあるブルーが美しい。


染物の世界では染料をつくることを「建てる」と表現する。この動詞は意義深い。復興にはビルが建つことだけではなく、住む人が街に抱くプライドの屹立が欠かせない。ここでは美しい彩りのブルーの染料がその役を担おうとしている。「被災地の」という枕詞ではなく、「パステルの気仙沼」と呼ばれる日の一刻も早い到来を祈りたい。


インディゴは抗菌や防臭の効果があり、保温性に富んだ天然素材。強い紫外線から肌を守る働きも期待できる。写真は現在販売されているインド藍を使ったストール。濃い左側は7回染めで、右側は3回のもの。これ以外にも赤ちゃん向け甚平やおむつ袋など、主婦ならではのアイデアが生かされた商品がラインナップされている。左1万3000円 右9500円



文=酒向充英(KATANA) 写真=西澤 崇(DOUBLE ONE)

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