優しさに満ち溢れた歌声で世界中を魅了するシンガー・ソングライターのRUMER(ルーマー)。カントリーのソングライター、ヒュー・ブレストウッドの楽曲をカヴァーした新作は、日本人の心にも染み入る名盤に仕上がっていた。
31歳で名門アトランティック・レコーズと契約し、バート・バカラックも賛辞を寄せた名曲「Slow」を含む見事な仕上がりのデビュー作『Seasons of My Soul』をイギリスのシンガー・ソングライターであるルーマーが発表したのは、およそ10年前のこと。その歌声を初めて耳にしたときの驚きと至福感をよく覚えている。包容力に満ち溢れ、誰しもを優しく懐かしい気持ちにさせる歌声。せわしなく人が行き来するような街中で聴いても、たちまちそこが柔らかな陽の射す静かで穏やかな場所に思えてくる……つまり一瞬で空気と時間の流れを変えてしまう歌声だった。サウンドもまた上質で、アコースティック楽器のあたたかな質感とストリングスによる広がりが理想的に合わさり、輝きを失わない70年代の永遠のポップスを聴いているような喜びを感じたものだ。
名盤と呼ぶに相応しいそんな2010年のデビュー作と、2014年の3rdアルバム『Into Colour』は、時を経ても色あせないソフト&メロウな曲を書けるソングライターとしての才能も印象付けるオリジナル楽曲集だった。が、2012年の2ndアルバム『Boys Don’t Cry』はルーマー自身が影響を受けたというジミー・ウェッブ、トッド・ラングレン、ギルヴァート・オサリヴァン、ホール&オーツといった男性アーティストの楽曲を取り上げたカヴァー集。また2016年の4thアルバム『This Girl’s in Love: A Bacharack and David Songbook』はタイトル通りバート・バカラックとハル・デヴィッドという稀代の才能が共作で書き上げた数々の名曲をカヴァーした作品だった。カヴァー集はどちらも作者と楽曲に対するルーマーの深い敬意が表れており、しかも極めて自然。オリジナル楽曲集でもカヴァー集でもいい意味でそれほど変わらず、「彼女ならではの質感・世界観」を柔らかに伝えてくる、ルーマーはそんな稀有な歌手であることがよくわかるものだった。
そんなルーマーの久々の新作もまたカヴァー集だが、まるで彼女のオリジナルアルバムを聴いている感覚で浸ることができる。タイトルは『Nashville Tears』。取り上げているのは、カントリーのソングライター、ヒュー・プレストウッドの楽曲群だ。カントリー・ミュージックがあまり聴かれない日本では「誰?」という感じかもしれないが、ヒュー・プレストウッドはナッシュビル・ソングライター・ホール・オブ・フェイムのメンバーで、トリーシャ・イヤウッド、アリソン・クラウス、ジュディ・コリンズらに楽曲を提供してきた人物。ルーマーは音楽業界から離れてアメリカ南部で生活していたときにカントリー・ミュージックを夢中で聴いていたそうで、そのなかでヒューの作品と出会い、これまでに録音されていない楽曲などをカヴァーしようと決めたらしい。録音もナッシュビルのスターストラック・スタジオで行なわれ、プロデューサーにはジャクソン・ブラウン、キャロル・キングらの作品を手掛けてきたフレッド・モリンが迎えられた。
流麗なストリングスの音色で始まるこのアルバム、確かにカントリー・ミュージックに多く使われる楽器(バンジョー、ペダルスティール、フィドルなど)も用いられ、メロディもゆったりしていて人肌感のあるものばかりだが、ルーマー特有の声質によってか、いかにもなカントリー臭さはさほどない。パキスタンで生まれてイギリスで育ったルーマーが彼女なりに憧れたアメリカ南部音楽の豊かさとあたたかさ。それを歌にする喜びがじんわり染み入ってくるものの、彼女はカントリー特有のコブシ回しをするわけではなく、その塩梅が日本人の我々にはちょうどよいものにも感じられるのだ。
今年は盆の帰省を取りやめた人が多いだろうが、夏の終わりに聴きながら田舎に想いを馳せるのにぴったりくる、そんなアルバムでもある。
文=内本順一(音楽ライター)
(ENGINEWEBオリジナル)
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