2025.08.16

LIFESTYLE

没後60年 これが江戸川乱歩の終の棲家だ! リニューアルされた公開中の邸宅を訪ねる

■旧江戸川乱歩邸 東京都豊島区西池袋3-34-1 Tel 03-3985-4477 開館日/月・水・金(祝日は休館)10時半~16時 入館無料

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日本ミステリーのパイオニアである江戸川乱歩。没後60年、リニューアルされた邸宅が公開されている。愛した蒐集物を道案内に、異能の迷宮を探訪したい。

転居回数45回の引っ越し魔

「変幻自在の怪人二十面相こそ乱歩自身で、怪人を白日の下に引きずり出そうとする明智小五郎は最大のライバルだった」小説家・詩人の中井英夫は、かつてこう喝破した。

さまざまな職業を転々としながら探偵小説を書き、やがて人気作家として成功。だが、人付き合いが苦手な性格と放浪癖から失踪と休筆を繰り返すトラブルは、少なからず軋轢を生んだ。当時の奇人ぶりを象徴する逸話として、引っ越し魔というべきおびただしい転居歴が挙げられる。その数なんと45回。そしてリニューアルされた西池袋にある邸宅こそ最後の家だった。短期だったそれまでの寓居と異なり、31年間住み続け、息を引き取ったまさに終の棲家だ。

関東大震災後の最先端の工法が採用された土蔵。空襲でも焼け残った。

この家に決める大きな理由になったのが土蔵。耽美的な作風からか、「蔵の中で蝋燭を点けて書いている」と噂されたが、実際はあふれる本を保管する書庫として使われていた。驚くのは見事な整理整頓ぶり。欧米ミステリーの原書、自作の資料となった犯罪学や心理学の専門書、哲学や古典文学、江戸時代の和本などがジャンル、著書別にきれいに並べられている。自作の初版は2セットずつ箱に入れられて収納。趣味と実益が一体となりながら、雑多とは無縁の精密さに舌を巻く。残念ながら土蔵内は参観できないが、扉越しに片鱗は窺える。

玄関脇の応接間。探偵小説の文壇を束ねる立場だっただけに、多くの作家が訪れた。高価なペルシャ絨毯のほか、ソファなども当時のまま。

乱歩を発見する宝物庫

興味深いことに、転居してからの乱歩は町内副会長をつとめるほど社交的になったという。晩年は創作意欲が減じたのか新作こそ少なくなったが、探偵作家クラブ(現・日本推理作家協会)初代会長に就任、江戸川乱歩賞の設立で新しい才能の発掘を図るなど、オーガナイザーとして探偵小説の発展に尽力。家にも応接間が増築され、作家仲間の交流の場となった。理想の家という安定が乱歩を変えたというより、隠された人格者としての内面を導き出したのかも知れない。

乱歩の作品世界は迷宮に喩えられる。だがそれはカオスではなく、遊び心と理知に裏打ちされた小宇宙だ。創作の源である土蔵、開放的な応接間を備えたこの家は、確かに怪盗と名探偵という二面性を象徴している。愛読者にはより深く、ビギナーには新しく、乱歩を発見する宝物庫といえそうだ。

文=酒向充英(KATANA) 写真=杉山節夫

■旧江戸川乱歩邸
東京都豊島区西池袋3-34-1  Tel 03-3985-4477 開館日/月・水・金(祝日は休館)10時半~16時 入館無料

(ENGINE2025年9・10月号)

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