レコードプレーヤーをさらに遡る蓄音器が静かなブームだ。 上級のコンディションでアンダー20万円から楽しめる、プリミティブだからこそエモーショナルな音の魅力とは?
ニッパーは世界でもっとも有名な犬の一匹だろう。蓄音器の前で亡き主人の声に耳を傾けるビクターのロゴは、今もオーディオのアイコンになっている。

蓄音器はトーマス・エジソンが1877年に発明した。当初はシリンダーレコードタイプで、音楽ではなく主に会話の録音を想定したビジネスユースだったという。注目はされたが実験的なもので、普及には至らなかった。
契機となったのが10年後のエミール・ベルリナーによる円盤式蓄音器の開発。ベルリナー・グラモフォン社(後のビクター)を設立し、それまでは演奏会に行くしかなかった音楽を録音、販売したことで人気を博し、現在まで続くレコードプレーヤーの原型となった。

こうした蓄音器を販売しているのがシェルマン アートワークス。専用のSP盤が必要なものの、高級家具のようなデザインに加え、コンディションも良好。かつては年配の好事家が主な顧客だったが、最近は20、30代の来店も増えている。きっかけは意外にもYouTubeだという。「古い時代の動画にかかっている曲の音が今とまったく違うことから、興味を持つそうです」(スタッフの安藤昌樹さん)
デジタルにはないアナログの豊かさ。昨今のレコードブームにはその見直しがあるが、厳密にいえば、現在のプレーヤーが奏でる音も“生”ではない。CDのような2進法ではなくとも、電気の力で音を増幅させるアンプが不可欠。さらにスピーカーを通すことで二重に加工された音となる。hi-fiとは原音の高再現性を意味するが、あくまで再現であって原音ではない。極端に言えば、技術者の感覚がバイアスとなった人工的なものだ。

蓄音器の音に電気は介在しない。SP盤を鉄の針がトレースした振動がサウンドボックスからダイヤフラム(振動板)に伝わり、ラッパ状のホーンで音が拡大。音響機器としてはプリミティブなものの、一発勝負だった録音状況もあり、音は現在よりも遥かに生々しい。「演奏当時の音を全身で体感できます」と愛好者は語る。
ニッパーが耳を傾けたのは単なる音ではなく、亡き主人を想起させる声だったからだ。レコードは創成期から単なる記録媒体を超えたエモーショナルな記憶装置であり、だからこそ普及と進化を続けてきた。エジソンの見込み違いは、人類にとってうれしい誤算だったといえる。
生の音が木箱から流れてきた19世紀の人々の驚きを、ぜひ昔のままの蓄音器で追体験してみたい。
文=酒向充英(KATANA) 写真=松崎浩之(INTO THE LIGHT)
■シェルマン アートワークス東京都中央区銀座1-20-5 銀座清和ビル7階 TEL.03-6826-4988 10時~19時 日曜・祝日休 https://www.shellman-aw.co.jp/ ※価格はすべて税抜き
(ENGINE2025年12月号)