今年、ジュネーブサロンでエルメスのインスタレーションを手掛け、この秋発売されるグローブ・トロッターの新コレクション「AERO(エアロ)」では、デザイン・エンジニアリング・ディレクターを務める吉本英樹氏。もっか、世界から注目される“デザイン・エンジニア”である。現在、ロンドンを拠点にして、デザイン・エンジニアリング・スタジオ「TANGENT」を率いる彼は、東京大学で航空宇宙工学を学んだ後、ロンドンのロイヤル・カレッジ・オブ・アート(RCA)に進んだという異色の経歴を持つ。その吉本氏は自身の目指すところをこう話す。
「TANGENTとは“接線”。交わってはいないけど、触れている直線のことです。電子部品やデジタル制御を作品に取り入れると、本来の人間の延長にはない、刺激の強いものになりがち。でも僕がやりたいのは、もっとソフトにテクノロジーを使って、夢見心地になったり、ホッとしたり、人間の心に寄り添うものを作ることなんです。だから“接線”。ちょっとしか触れてないけど、触れているからこそじんわりと効いてくる--」
吉本氏がRCAで取り組んだ論文のテーマは「パルスとリズム」。
「僕は振幅運動が自然の原理原則の根幹にあるように思うんです。人間の知覚もそうで、電車でガタンゴトンと揺られていると眠くなったり。機械的なパルスをひとつひとつ数えれば人は覚醒していきますが、それらを連続する一つの流れと捉えてリズムを感じれば、人間はリラックスできる。「ゆらぎ」とか「木漏れ日」とかに感じるような、そういう要素をデザインで考えていきたいのです」
その試みとして、RCA在学中の2013年、人が近づくと明かりが灯って揺れ始める作品「INAHO」を企画。この年からスタートした「LEXUS DESIGN AWARD」(レクサス・デザイン・アワード[LDA])に応募して、見事受賞作となったのだ。LDAはLEXUSが未来を創造する気鋭のクリエイターを発見し、育成・支援することを目的に創設された、国際デザインコンペティション。この受賞が、吉本氏のその後の活躍の大きなきっかけになった。
「僕のプロフェッショナル・キャリアの出発点となりました。LEXUSが『INAHO』を受賞作品としてサポートしてくれたことで、スケッチを実物にすることができたのです。さらに商品化後もコラボレーションの機会をいただき、ブリュッセル空港のラウンジスペースにカスタムモデルを納品するなど、実際のプロジェクトにもつながったのです」
「LEXUS DESIGN AWARD」は単に賞を与えるだけではなく、クリエイターのアイデアを実物化するサポートを行なっており、その注目度は年々高まりを見せている。「LDA2019」では過去最高の65カ国から1548作品の応募があった。現在、受賞作6作品の凱旋展示が、9月26日までミッドタウン日比谷にある LEXUS MEETS... にて行われている。「乳房を切除した人のためのレース製下着」や「照明効果と発電効果を兼ね備えたブラインド」など、それぞれの作品からは未来につながる新しい才能を感じとることができる。
第8回「LDA2020」の作品募集もスタートしている。募集の締め切りは10月14日。審査基準は「予見する」「革新をもたらす」「魅了する」。吉本氏に続く、新しい才能の登場に期待したい。
「LEXUSはデザイン業界からも注目されるブランドです。そのDNAには“日本”がありますが、LEXUSはあくまでインターナショナル・ブランドであって、世界中のどこでも同じように挑戦し続けている、その姿勢にとても共感を覚えます」
と語る吉本氏も挑戦し続ける。TANGENT初の個展を、9月14日からロンドン・デザイン・フェスティバルで開催するのだ。TANGENTのデビュー作「INAHO」から、エルメスのインスタレーションのために製作した直径3.5mの地球のオブジェまで--。この機会にぜひご覧いただきたい。
デザインエンジニア。1985年生まれ、和歌山県出身。2008年東京大学工学部航空宇宙工学科を卒業、2010年同大学院修士課程を修了。同年日本人工知能学会全国大会優秀賞、2013年LEXUS DESIGN AWARDなど受賞多数。2016年英ロイヤル・カレッジ・オブ・アート博士課程を修了。同時にロンドンにてTANGENT(タンジェント)を設立。工学、デザイン、アートと、領域を超えたユニークな活動が注目されている。9月14日からロンドン・デザイン・フェスティバルでTANGENT初の個展を開催する。
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文=山元琢治(ENGINE編集部) 写真=鈴木 勝/TANGENT
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