合理化に飲まれたのか、それとも新たなる挑戦なのか。いずれにしろ、2世代に亘って用いていたフロント・エンジン後輪駆動のFRを捨て、フロント・エンジン横置き前輪駆動のFFへとレイアウトを一新した新型1シリーズ。ただし、ひと目でBMWと わかるデザインや内外装の高い質感、スポーティな走りなど、基本的なコンセプトは歴代モデルから大きな路線変更はない。 全長×全幅×全高=4355×1800×1465mm、ホイールベース=2670mm。車両重量は1580kg。306ps/45.9kgmの2.0ℓ直4 ターボのM135iのほかに、1.5ℓ直3ターボの118iも選べる。M135iは4WDのみで、価格は630万円。
ミニや2シリーズで少なからぬ経験があるとはいえ、同社初の前輪駆動ハッチバックを高い完成度に仕上げたBMWのクルマ造りの実力がまず凄いと思う、というのがベーシック・モデルの118iに対する印象だった。そのスポーツ・バージョンとして生み出されたM135iに今回初めて乗ったが、これもまたかなり完成度の高いクルマだというのが第一印象。
エンジンは2.0ℓ直4ターボで306psのパワーと45.9kgmのトルクを謳っているが、こいつはxドライブつまり4駆なので、それらを無理なく路面に伝達する。しかも、素の118iでもハンドリングと乗り心地のバランスに関してはさすがバイエルンの老舗と感心したが、それはM135iにも当てはまる。 スポーツ・モードにするとダンパーはちょっと硬い印象だが、コーナリングはノーマルモードでまったく問題なし。ARBなる新制御機構の効果か、コーナーでは予想以上に切れ込む傾向があるが、上記のパワーとトルクを持て余すことなくワインディングを駆ける速さも、M135iの凄いことのひとつだ。
このクルマのスゴさは見た目だけでは伝わらないかもしれない。もちろん、そもそものBMWラバーや自動車メディアを愛読している方はその価値を高く評価していることだろう。"M"の文字は伊達じゃないし、サイズ的にも彼らが得意としている領域にあるのは察しがつく。 走らせるととんでもなく楽しい。ハンドリングの軽快さ、リアを中心としたフットワークの良さは特筆モノだ。パイロンがあればいつまでもスラロームしていたくなる走り味である。
そんな走りに感動しているとあることに気づく。そうこのサイズ感と走りはまさにE36時代のM3。特に前期の3.0ℓ時代のモデルに近い。3シリーズがサイズ・アップされた今、M135iは当時のそれに似たディメンションとなったようだ。それでいて、この2台はエンジンの搭載方法も駆動方式も異なるから面白い。M3はFRだったのに対しM135iはFFパッケージを基本とする4WD。なるほど、これぞまさにBMWマジック!である。
以前はFRだったM135iだが、1シリーズはFFになっちゃいましたからね。フロント・タイヤの位置はちょっとAピラー寄り。でも、釣り目&ウェッジ・シェイプの精悍さは今までの1シリーズにはないカッコ良さ。そのハイパワー・モデルである新しいM135iはxドライブで登場。直6の3.0ℓターボだったエンジンは直4の 2.0ℓターボに。最高出力は20psダウンの306ps。でも、100km/hまでの発進加速は4.9秒から4.8秒へ。
直6時代のような高回転サウンドこそ味わえないものの、アイドリングから高回転まで不快な振動など一切なく 気持ち良く回っていく。燃費(JC08)だって1.1km/ℓ上がって13.6km/ℓ。このクルマ、全幅も全高も大きくなって4WD化されているにも拘わらずFR時代に対する重量増はたったの20kgに収められているのだ。走り味はもっとスポーツを強調した味付けに仕上げられているのかと思いきや、意外な程乗り心地はソフト。車体の剛性感が格段に向上して高級感が増している。先進装備も満載だが、この走りに新しい時代を感じた。
最近のドイツ車はEV路線を突っ走るが、M135iはBMWのエンジン技術が炸裂した作品だ。このクルマなら気候変動をあまり気にしないでも走りが楽しめそう。ターンパイクまでの有料道路をクルー ズするとかなり燃費がいい。アップダウンのワインディングも、ギアを正しく選択して、回転を低めで使うと 燃費と走りが両立できる。
ターボ特有の大トルクは楽しいが、高回転域でのレスポンスも気持ちがいい。さすが3.0ℓのシルキー6だなあと感心したが 、あとで調べたら、このエンジンは2.0ℓターボだったのだ。やはりBMWはエンジンの天才。 褒め殺すわけではないが、サスもステアリングもシルキーだ。しなやかさを失わずに大きな入力は確実 にダンピングが利く。ダンパー単体がよいというわけではなく、ダンパーが良い仕事ができる環境なのだ。タイヤも同じで、4輪の接地がよいからAWDもいい仕事ができるわけ。乗り味最高、性能は誰にも負けないホット・カーのプリンスなのだ。
2019年8月に国内発表された新型1シリーズの最強モデルは、そのスペックからミニJCWクラブマンと同じ中身だと察せられる。けれど、見た目もドライブ・フィールもまったく別物だ。そんなつくり分けができるのは、ミニとBMW、それぞれのブランドが確立しているからである。ただ、僭越ながら、少なくとも今回の試乗車は、BMWはすでに2シリーズ・アクティブ・ツアラーで経験があるはずなのに、なんだか迷いがあるように私には感じられた。ランフラット・タイヤの採用で乗り心地がやや硬めなのはBMWっぽいとして、ロールの速さとか、なんだかなぁ......と思った。
もちろんこれは、あくまで私の第一印象であり、私のやっていることといえば、ごく短時間の試乗で得た印象と過去のBMWの印象をすり合わせているに過ぎない。彼らは違う。彼らは、「BMWは後輪駆動のスポーツ・セダンのメーカーである」という、私 がいまだに捨てられない、彼ら自身が築いてきた伝統を捨てて、未来へと変革の道を歩み出しているのだ。それは本当にスゴいことだと思う。
(ENGINE2020年4月号)
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