フィアット500のスポーツ・モデル、アバルト595に追加された限定車のピスタ。鮮やかな青と明るい黄色を組み合わせたレーシーな外観を持つホットハッチに試乗した。
2019年に生誕70周年を迎えたイタリア名門ブランド、アバルト。1949年にカルロ・アバルトにより設立されたアバルト社はレース車両の開発やその車両でのレース活動、さらに市販車のチューニングを手掛けていた。しかし1971年にフィアットによって買収。現在はFCAグループにあるブランドのひとつとして、フィアットをベースにしたスポーツ・モデルに冠されている。
現在、アバルトの主軸車種になっているのは “アバルト595”。チンクエチェントことフィアット500をベースにしたホットハッチだ。2008年に発表されてからすでに12年以上が経過したものの、いまだ高い支持を受け、販売も好調に推移している。
多くの人に長きに亘って愛され続ける595アバルト。その魅力を挙げるのは造作ない。真っ先に思い浮かぶのはスタイリングだ。フィアット500の小さくて丸みを帯びたボディにスポーティなエアロパーツを組み合わせた外観は、愛らしさと精悍さを併せ持った魅力的なデザインで、595独特な佇まいを作り出している。外観以外にも、1.4L直4ターボの強心臓や硬めに味つけされたサスペンションがもたらす高い走行性能も特筆すべき点だ。エンブレムに描かれたサソリの毒にも例えられるその刺激的な走りに魅了されたクルマ好きは少なくない。
そんな魅力に溢れるアバルト595にさらなる彩りを与えているのが時折追加される特別仕様車の存在だ。グループ内にあるスーパースポーツ・ブランドのフェラーリをモチーフにした“695トリブート・フェラーリ”やアバルト史上最速となる “695ビポスト”、先日発表された70周年記念モデルの“695セッタンタ・アニベルサーリオ”など、いくつもの特別なモデルが登場し、さらなる魅力を求めるユーザに応えてきた。今回登場した限定車の“PISTA(ピスタ)”も595アバルトに新たな彩りを加える1台。ちなみに、“PISTA”はレーストラックを表すイタリア語だ。
ボディは“Blu Podio(ブルー・ポディオ)”と名付けられたカタログ・モデルにはないちょっと深めの鮮やかな青色。明るい黄色に塗られたリップスポイラー、リア・ディフューザー、ドア・ミラー、ブレーキ・キャリパーがいいアクセントとなり、青いボディを引き立てている。その組み合わせはレーストラックを走るレーシングカーのように鮮やかで魅力的。この見た目こそがピスタの大きな見せ場といっていいだろう。
595は通常、ベーシックな“595” 、快適性を重視した豪華仕様の“595トゥーリズモ”、走りの性能をさらに高めた“595コンペティツィオーネ”の3モデルが用意されている。ピスタのベース車になっているのは“595”。595はすべて1.4ℓ直4ターボを搭載するが、“595”が145ps/21.4kgm、“595トゥーリズモ”が165ps/23.5kgm、最も高い“595コンペティツィオーネ”が180ps/25.5kgm(いずれも最大トルクの数値は“SPORT”スイッチ使用時)といったように3モデルで出力が異なる。ピスタは“595”ベースなので本来なら145ps仕様だが、特別装備として20ps/2.1kgm高い“トゥーリズモ”用が採用されている。さらに “レコードモンツァ”と呼ばれるハイパフォーマンス・エグゾースト・システムを装着。またリア・ダンパーをコニ製FSDダンパーへと変更するなど、パワートレインだけでなく、シャシーにも手が加えられている。ただし、フロントがストラット式、リアがトーションビーム式というサスペンション形式はオリジナルのままだ。
ピスタのラインナップは全部で4種類。ボディはハッチバックと屋根とリア・ウインドーを開閉できる“C”の2タイプで、それぞれに5段MTとMTAと呼ばれる2ペダルのシングルクラッチ式5段MTが設定されている。165pエンジンとカブリオレの595CでMTが選べるのがポイント。どちらも通常販売の3モデルには用意されていない。それだけでもピスタを選ぶ価値がある。
いずれも台数限定で、ハッチバックのMTが95台、MTAが51台、CのMTが61台、MTAが33台。すべて合わせてもたったの240台い。価格は順に 328万円、345万円、361万円、378万円。ちょうど“595” “595トゥーリズモ”の中間くらいの設定だ。
ピスタに限らず、アバルト595の走りで感心するのは身のこなしの素早さ。ステアリングを操作すると間髪入れずにクルマがその動きに呼応する。これはサスペンションの設定というより、フロントが1415mm、リアが1410mmという幅の狭いトレッドと、2300mmしかない短いホイールベースというボディの寸法に因るところが大きい。ピスタのサスペンションはアンダー・ステア傾向のセッティング。ただし、これが機敏な動きをもたらす狭いトレッド&短いホイールベースと相性がよく、ブレーキを強めに残しつつコーナーに進入するといったイレギュラーなことをしない限り、クルマは終始安定性を保ち続けるので、安心してコーナーに飛び込んで行ける。公道用のスポーツ・モデルとしては好ましい特性になっているのだ。
狭いトレッドと短いホイールベースを持つクルマとしては動きが必要以上に過敏ではないところも特筆すべき点だろう。ピッチングやロールが少なく、直進性も悪くない。減衰力の高いコニ製リア・ダンパーが備わることもあり、乗り心地はちょっと硬めだが、サスペンションの伸び側の動きを使って路面からの入力を上手にいなすことで不快な振動は最小限に抑えられている。快適性では不利なボディ・サイズだが、走りと快適性の妥協点をしっかり見つけ出している印象だ。
1.4ℓ直4ターボの仕事ぶりもいい。1160kgという軽めの車両重量も手伝って、スポーツ・モデルに相応しい加速を見せる。1速のギア比がそれほど低くないため、蹴り出しは驚くほど強力ではないものの、エンジンをターボが本領を発揮する2500回転以上に保っていれば、いつでも胸の空くような加速が得られる。とくに3500から5000回転にかけての加速が気持ちいい。ちょっと大きめのエグゾースト・ノートとともに高まっていくトルクの盛り上がりはドライバーの高揚感を掻き立てる。5000回転以降も、レブ・リミッターが作動する6200回転付近までトルクの落ち込みは少なく、エンジンは気持ちよく吹け上がっていく。
595の新しい内外装はピスタの名に相応しいレーシーな仕立てだが、中身はドライブやワインディング路でスポーティな走りを楽しむのにピッタリなクルマだった。しかも、今回の取材車のように屋根開きのCを選べば、空と風を感じながらのドライブも堪能できる。ちなみに、この開閉式ソフトトップはフル・オープンのほか、屋根部分のみやサンルーフのように屋根の前方だけを開けられるなどなかなかの芸達者。開放感でこそ屋根が完全に取り除けるオープンカーに及ばないものの、使い方次第ではフル・オープン以上の満足度が得られる優れモノなのだ。
アバルト595のベースになっているフィアット500の新型が2020年の3月に、しかも電気自動車になって発表されたが、12年経ったアバルト595もまだまだ色褪せていない。今回新たな彩りとして加わったレーシーな雰囲気が漂うピスタに乗って、その感を強くした。
■アバルト595Cピスタ(MT)
駆動方式 フロント横置きエンジン前輪駆動
全長×全幅×全高 3660×1625×1505mm
ホイールベース 2300mm
トレッド 前/後 1415/1410mm
車両重量 1160kg(740/420kg)
エンジン形式 直列4気筒DOHC16Vターボ
総排気量 1368cc
ボア×ストローク 72.0×84.0mm
最高出力 165ps/5500rpm
最大トルク(通常時) 21.4kgm/2000rpm
(SPORTスイッチ使用時) 23.5kgm/2250rpm
変速機 5段MT
サスペンション形式 前/後 ストラット式/トーションビーム式
ブレーキ 前/後 通気冷却式ディスク/ディスク
タイヤ 前後 205/40ZR17 84W
車両価格(税込) 361万円
文=新井一樹(ENGINE編集部) 写真=篠原晃一
(ENGINEWEBオリジナル)
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