ガレージに並ぶ美しいイタリア製のレーシング・カーたちはどれもがすぐに官能的なエグゾースト・ノートを奏で、全力で走ることのできる、素晴らしいコンディションだった。
大きなシャッターが上がると、小さな“走る宝石たち”がこぼれんばかりにきらめいた。前列の2台もマニア垂涎のイタリアンだが、奥に潜んだ揃えがいっそう凄まじい。左から順にアバルトOT1300シリーズ2“ペリスコピオ”、アルファ・ロメオ・ジュリア1750GTVグループ2仕様、そしてAMS171SP。いずれも1960年代後半から70年代前半を代表するレーシング・カーたちだ。
富士や鈴鹿の別荘ならいざ知らず、ここは姫路の閑静な住宅街。まさかこんな猛者が眠っているとは通りすがっただけでは想像できない。
「OTを買った当初はナンバーを取ったんですけど、この辺りを2回走って2回とも通報されました。レーシング・カーが走っているって」
満面の笑みでそう語る赤鹿さんはとても穏やかな紳士で、こんな獰猛なマシンを相手にサーキットをガンガン攻めている人にはまるで見えない。
筆者と同世代と聞いていた。てっきりスーパーカー・ブーマーだと思い、どんな経験を積めばこんなにもツウな品揃えになるのか興味津々も、話を聞いて得心した。
「小学2年の時にクルマ好きの叔父からオートスポーツ誌を山ほどもらいまして。隅から隅まで貪るように読んでるうち、カートに興味をもったんですよ」
12歳でレーシングカート・デビュー。今でこそ珍しい話じゃないが、カートといえば百貨店屋上のゴーカートしか思い浮かばない80年代前半のことだから先進的である。
周りには後に有名となったレーサーたちもいた。赤鹿さんも負けず速かった。「中学、高校とカートを続けていたんです。でも大学に入ってマハラジャの誘惑に負けた(笑)」。
全日本クラスで落ちこぼれた、と本人は謙遜して仰るが、カートの経験がひょんなところで実を結んだ。
「普通免許を取って最初のクルマがPFのジェミニ(初代の後輪駆動モデル)だったんですが、それが縁で神戸のジェミニ専門チューンショップでバイトすることになりまして。専用のパーツを試作しては六甲で夜な夜なテストする。そんな大学時代でした」
赤鹿さんが輸入車、それもイタリア車に目覚めたのはこれまた神戸で有名なカフェだった。オーナーがアルファ・ロメオ・ジュリアGTVに乗っていて、語り合ううち自分もGTVを買っていた。
そこでイタリア車熱は一旦冷める。仕事が忙しくなってきたこともあって、アウディや初代セルシオなどオートマ・セダンを乗り継いだ。イタリア車に戻ったのは29歳の時。結婚を前にして、今のうちにしか買えないクルマをと思って手に入れたディーノ246GTだった。
「ところが、その辺りから仕事がさらに面白くなってきましてね。全力投球しなくちゃと思うようになって、ディーノもこのガレージに十数年置きっ放しになってしまいました」
ちなみにこの立派なガレージは結婚を機に家を新築することになり、建設会社を経営する赤鹿さんのお父上が自ら設計してくれたものだ。当時はディーノと普段乗りのクルマしかなかったわけだから、お父上だけには息子の未来がよく見えていたというわけか。
仕事中心になってもクルマを忘れたわけではなかった。そして欠かさず買っていた雑誌で一台のクルマを知る。カー・マガジン誌の1999年1月号で、アバルトが特集されていた。赤鹿さんを虜にしたのが超レアなアバルトOT1300シリーズ2“ペリスコピオ”だった。
実物をイベントなどで追いかけているうちに、十数年が経った。仕事も軌道にのり、そろそろクルマを本当の趣味にしてもいいかなと思い始めた頃、恋焦がれたあのOT1300が関西のとあるショップで売りに出ていることを知る。赤鹿さんのクルマ人生が大転換した。今から8年前の話だ。
十数年乗らなかったディーノを手放し念願のOT1300を手に入れた赤鹿さん。買って6年間は眺めているだけで満足していたが、昨年、ついにサーキットへ持ち込んだ。
「このクルマを手に入れることがなかったら、今頃まだオートマで満足していたでしょうね」。
そこまで赤鹿さんを夢中にさせるOT1300とは一体どんなクルマなのだろう。
「フィアット850ベースのシリーズ1とはエンジンからシャシー、よく見るとスタイルまでまったく違うクルマです。ペリスコープも本来はシリーズ2のみの装備なんですよ。丈夫なシムカ1000用のフロアパンを使い、前後のサスペンションは専用設計、エンジンもビッグ・バルブ化されてよりハイチューンドになっています。6000回転くらいからトルクが乗り始めて、7000回転からさらにドーンと力が出る。その先はもうアッと言う間に9000回転近くまで吹け上がって。オーナーは必ずと言っていいほどオーバーレブさせて壊してしまうんで、ガラスのエンジンとも言われます。当時のアバルト・ワークス・ドライバーも回しすぎて壊すと罰金を取られたそうです。運動性能はとても高い。直線ではピタッと落ち着くのにコーナリングはシャープ。でもってリアが滑り出すと手に負えない。まだまだその性能を引き出せていません。人生の時間をかけて自分のモノにするクルマだと思っています」
そんな難しいOTばかり相手にして走っていたら欲求不満になりかねない。赤鹿さんの趣味はさらにエスカレートして、今ではドンガラから希望の仕様に興したグループ2仕様のアルファ・ロメオ1750GTVで今年からJAF公認のヒストリック・カー・レースに参戦中だ。さらに世にも珍しいイタリアはAMS社製のレーシング・カーも手に入れて、ブレシア・コルセ仕様にレストアする。RRにFR、そしてミドシップと三種三様、実に羨ましいレーシング・カーの揃えが完成した。赤鹿さんのサーキット通いはいつしか家族総出のイベントとなっていた。
1970年前後の小さなクルマが大好きな赤鹿さん。サーキット以外のイベントには前列の2台、フィアット・アバルト131ラリーとアルファ・ロメオ・ジュニア・ザガートが活躍する。そして、この日の取材にはレストア中で間に合わなかったが最近手に入れたクルマがある。それもまた1970年に誕生した画期的なミドシップ4シーター。ヒントはガレージ奥の壁に。さて、何でしょう。
文=西川 淳 写真=阿部昌也
(ENGINE2021年2・3月合併号)
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