いま着けたいのは、“物語” のある時計--。その興味深いストーリーを知るほどに魅力は深まるばかり。ここに現代の名品たちを主役にした珠玉の短編集を編んでみた。
フランスの小説家ジュール・ヴェルヌが『八十日間世界一周』を発表したのは1873年のこと。クロノメーターよろしくロンドンの基準時と世界各地の時刻を計算しながら80日間で世界一周に成功し、主人公が賭けに勝利する痛快な物語だ。まだワールドタイムの概念やそうした時計が存在しない時代にワールドタイムを着けて世界を駆け巡るかのような主人公の行動が実に興味深い。
21世紀の今は複数の地域の時刻が読み取れる便利な腕時計は数多くある。その原点を成す先駆者といえばパテック フィリップだ。世界各地の時刻がつねに同時に読み取れる「ワールドタイム」は、80年以上もその代表作のひとつに数えられてきた。
24時間で一周する回転リングに記された数字と世界24タイムゾーンに属す主要都市もしくは地域を対応させて各地の時刻を読み取る「ワールドタイム」の仕組みを発明したのはジュネーブの時計製作者ルイ・コティエだが、パテック フィリップはこれを1930年代に腕時計で実用化し、さらに機構を改良して特許を取得した。現在広く一般に用いられている方式のデファクトスタンダードはまさにパテック フィリップなのだ。ジェット機による空の旅が始まる50年代に各種のモデルを発表してこの種のトラベルウォッチを世界に広めたのも同社の功績である。
そうした伝統を継承する「ワールドタイム」の現代モデルは、基本的な機能を受け継ぎながらも、操作性の点では大きく進化している。すなわち、時差を超えて移動した際にタ イムゾーンの変更が必要になるが、専用のプッシュボタンを押すだけで、簡単に素早く調整できるように改良されている。実際に旅に携行した場合の使い勝手の良さもパテック フィリップの「ワールドタイム」が選ばれる理由に違いない。
同社のトラベルウォッチには歴史に根ざす伝統的な機構をベースにしたものがもうひとつある。「トラベルタイム」と呼ばれるモデルだ。こちらは、ダイアルに同軸の時針が2本備わり、例えば国内では2本揃えて使い、移動先の海外ではボタン操作で2本を分離し、それぞれローカルタイムとホームタイムの表示に使い分けられるのが大きな特色だ。近年はこの便利なデュアルタイム表示と古のパイロットウォッチのデザインを融合して空の旅へと誘うようなモデルが発表され、人気の的だ。
ワールドタイムやトラベルタイムに共通するのは歴史的な傑作から想を得たパテック フィリップの由緒正しいデザインと機能、そして機械式ムーブメントは先端技術を生かした最新鋭にして、品質や精度は世界最高の認証とされるパテック フィリップ・シールのお墨付き。すでにこれだけでも語るべき物語に満ちている。
たとえ今、実際に旅に着けていく目的で求めるのではなくても、手に入れる価値がある逸品に違いない。そしてオーナーになれば、パテック フィリップの台帳に名を記すことも可能だ。そうしたトラベルウォッチで時空を超えた自身の旅の物語を次の世代へと伝えることも夢ではない。最高品質の価値ある時計だからこそ世代を継いで語るタイムレスな物語を綴るにふさわしいのだ。
文=菅原 茂 写真=近藤正一
(ENGINE2020年9・10月合併号)
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