2017年、日本人として初めてインディ500を制し、2020年2度目の優勝という偉業を成し遂げた佐藤琢磨選手の人生を変えたクルマは、小さくて可愛いミニだった!
みなさん、こんにちは。レーシングドライバーの佐藤琢磨です。
「人生を変えたクルマ」ですか?
困ったなあ。とても1台には絞れないので3台を挙げてもいいですか?

これは繰り返し言われてきたことですが、911はミドシップじゃなくてRR。だから運動性能を考えたらベストなレイアウトじゃないのに、ポルシェには自分たちの哲学があって、そこに執拗にこだわり続けている。そして極限までエンジニアリングを突き詰めて意のままに操れるクルマを作り上げてしまった。これは本当にすごいことだと思います。しかも、数値的な速さも徹底的に追求しているし、NAで9000rpmまで回るエンジンからは、まるで腕時計のキャリバーのような精度感が伝わってきます。
いまやスーパー・スポーツカーは800psの時代に突入していますが、僕にはNAの500psでもずっと魅力的に感じられます。僕が最初に乗ったのはタイプ996のGT3でしたが、現行991の完成度はとても高いレベルですし、次期型も楽しみですね。歴代モデルそれぞれに魅力があるGT3は永遠の憧れです。
ホンダNSXタイプR
でも、僕が市販車で頂点に君臨していると思うのは初代ホンダNSXのタイプRです。あれほどダイレクトにドライバーに訴えかけてくるクルマを、僕はほかに知りません。

特に素晴らしいのがハンドリング。まず、エアバッグがついていないからステアリングの慣性が圧倒的に小さい。もうひとつ大切なのはパワー・アシストがついていないこと。ご存じのとおり、パワステのトルクセンサーは基本的にシャフトが捻れる原理を使っているわけです。だから、シャフトが捻れる分、レスポンスが落ち、ダイレクト感も削がれる。ロード・インフォメーションにもフィルターがかかっちゃう。ちなみにレーシング・カーでいちばんダイレクト感が強いのはノン・パワステのインディ・カー。なぜならダウンフォースの大きなF1や他のレーシング・カーはパワステのアシスト量が大きいから、極限での話をするとダイレクト感に少し乏しいんです。
初代NSXはアクセルペダルとエンジンがワイヤでつながっていてドライバーの意思をダイレクトに反映できるところも好き。フロントサスペンションにコンプライアンス・ピボットという凝ったメカニズムを採り入れて正確なハンドリングと乗り心地を両立させているところも量産車として素晴らしいと思います。
この2台でいうと、エンジンのパワー感、ブレーキの上質さでいえばGT3のほうが上だけど、アナログに拘ってドライバーの意思を徹底的に尊重したダイレクト感や、ハンドリングのシャープさに関してはタイプRが上。正直、走りでタイプRの右に出るクルマはありません。
ミニ・クーパー
ただし、「人生を変えた1台のクルマとしてどうか?」と訊ねられると、僕はオリジナルのミニ・クーパーを外すわけにいきません。

あのコンパクト・サイズで十分な居住スペースを確保しようとすればレイアウトはFFにならざるを得ませんが、スポーツ・ハンドリングや動力性能でいえばFFは分が悪いですよね。なのに、ミニはモーター・スポーツの世界に飛び込んで、レースでもラリーでももっとずっと排気量の大きなクルマを打ち負かしてしまった。ハンドリングもものすごいダイレクト。もちろんNSXやGT3に比べたらボディのヨレ感はすごいけれど、それでも「愛くるしいミニだからいいか」と受け入れちゃう。そこがまたすごいと思います。
僕はイギリスにレース留学したとき、住む場所を探すより前にジョン・クーパー・ガレージに行って、スポーツ・パッケージが組み込まれたミニを買いました。イギリスF3時代はこれに乗ってドイツにもベルギーにもオランダにも行きましたが、路上で割り込みなどの意地悪をされたことは本当になかった。どこにいってもミニって愛されちゃうんですね。その最たるものは子供の反応で、こっちを指さしてみんな笑顔を浮かべるんです。
人間って、完璧なものに憧れるいっぽうで、完璧じゃない、なにかが欠落しているものに惹かれることもあります。ミニに抱く感情もこれに似ていますね。本来、感情は機械じゃなくて人間に対して抱くものなのに、ミニは例外かな。NSXにもGT3にも性能では到底かなわないけれど、これほど人を惹きつけるミニって本当に不思議なクルマです。
語り=佐藤琢磨 まとめ=大谷達也
(ENGINE2020年7・8月合併号)
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