ちょうど2年前の9月17日にアメリカのサンフランシスコで発表されたe-tronが、ついに日本に上陸。ほぼ最後発となったアウディ渾身の完全電気自動車に試乗した。
塩澤 鳴り物入りでサンフランシスコで発表されてから2年も経って、ようやく入ってきたわけだけど、その間にジャガーのIペイスやメルセデスのEQCなんかもデビューして、ほぼ最後発になった。
新井 正確には、サンフランシスコで発表されたのはSUVで、今回日本に入ってきたスポーツバックはSUVの半年後くらいに発売されています。
塩澤 まあ、乗ってみると、2年待った甲斐はあった。
村上 それはどういうところなんだろう。
塩澤 試乗車をアウディ・ジャパンに取りに行ったときに、一応、使い方の説明を受けたけれど、そこで回生ブレーキの強さを調整する方法なんかを聞くと、よーし試してみようと思うでしょ。で「オー、これならワンペダル・ドライビングができそうだ」と一度は思ったんだけど、なんか腑に落ちなかったんだよね。
村上 eトロンの回生ブレーキは、BMWのi3やミニとは効きが全然違うと思う。あれはワンペダル・ドライビングとは言えない。
塩澤 そうなんだよ。疑問に思って、もう一度何がこのクルマの特徴なのかを考えながら乗ってみると、実はマニュアル・モードで回生を強くして走るよりも、オート・モードでクルマに任せっきりで走る方がずっと走りやすいことに気がついた。
新井 カメラやカーナビやGPSと連動してクルマが回生の強さを自ら判断してますからね。
塩澤 ACC(オート・クルーズ・コントロール)と連動して、アクセルをオフにしたときに前走車と一定の距離があると判断すると、積極的にコースティングさせるし、マージンがないときは回生ブレーキを使う。それを瞬時に判断して、しかもシームレスにやる。すごいと思った。
新井 クルーズコントロールだとアクセルを踏んだり、ブレーキを踏んだりするとキャンセルされるけど、そもそもクルーズコントロールじゃないんだから、それもない。渋滞で前が止まっているときはブレーキを踏むけど、そうでなければブレーキを踏む機会は圧倒的に少なくなる。
塩澤 そう、なにもスポーティなドライビングだけがワンペダル・ドライビングじゃない。誤解を恐れずにいうと、これは新しい考え方のワンペダル・ドライビングだと思った。実は、試乗車を返却するときに広報に聞いたんだけど、アウディの資料にもワンペダル・ドライビングというワードは出てこないと言ってた。逆にアウディとしては回生をオートにした、つまり普通に運転しているときを見て欲しいと思っている。実はそこに一番驚いた。
村上 サンフランシスコの発表会に立ち会って、今回ようやく試乗が叶ったわけだけど、いろんな意味で衝撃的なことが多かった。そもそも見た目は衝撃的ですよ。だって電気自動車っていうのは、「私は電気自動車です」と主張するアイコンがあるのが普通なわけだけど、このクルマにはそれがない。
新井 一応、サイド・ミラーがバーチャル・ミラーになっていたり、グリルが普通と違うとか、あることはある。
村上 でも普通の人が見てもこれが電気自動車とはなかなか思えない。で、乗ってみてもびっくりしたんだけど、電気自動車ってやっぱり「私は電気自動車です」っていう音がするんだけど、それがない。モーターのヒューンっていう音が強調してあったり、BMWのi8みたいにスピーカーからエンジンの音を出したり、あるいはジャガーのIペイスのようにバーチャルな電子音でエンジンの吹け上がりを表現してみたり。
塩澤 そういうことは一切ないね。
村上 外で聞いていると電気自動車的な変わった音が少しはするんだけど、室内ではあまり聞こえない。走り出して一番驚くのは、驚異的に静かなこと。聞こえてくるのはロード・ノイズくらいしかない。速度を上げるとわかるけど、風切り音も極力抑えられている。まるで無音空間にいるような感じ。それに驚いた。しかもアクセルを離すとものすごく強い回生ブレーキがかかって停止までやっちゃうようなことも一切なくて、むしろ普通のクルマに近い感覚なんだけど、でもちょっと違う。
塩澤 わかる、わかる。
村上 普通のクルマの様な気もするけど違うし、電気自動車の様でもあるけどそれも違う。どちらにも入らない。まったく新しいカテゴリーのモノになっているのかもしれない。
塩澤 ちなみに、試乗車のファースト・エディションには、サイレンス・パッケージというのが標準で装備されている。プライバシー・ガラスとアコースティック・ガラスが付いている。遮音ガラスとか吸音ガラスみたいなモノだね。
村上 やっぱりそうなんだ。異様な静けさだからね。
新井 意識してやっているのは間違いないですね。
村上 電気自動車にとっても、実は音ってとても大事だと思うよね。ポルシェのタイカンは、わざわざモーターをベンチに乗せて音をサンプリングして、それをスピーカーから流して内燃機関と同じ高まりを表現しようとしている。だけどeトロンはやっていない。
塩澤 でも、そういうところがアウディらしい考え方なんだと思う。アンダーステイトメントなんだよ。
村上 つまり、これ見よがしな主張はしないというのが見た目に表れているのと同じように、走りにもそういうところがあるのかと思えてくる。
塩澤 偶然、新潮社の駐車場でジャガーのIペイスと並んだんだけど、この2台は対極にあると思った。Iペイスは荒々しい感じがするけど、eトロンは知的で感情をあえて抑えているような感じがする。
村上 村上春樹さんの小説の『1Q84』じゃないけど、あるところをきっかけに、同じ風景に見えるんだけど、全然違う世界に入り込んじゃった。そんな気がするくらい、同じに見えてるんだけど全然違う。不思議な感覚のクルマですよ、そういう意味ではホントに新しいクルマなんだろうと思った。
塩澤 しかも、その新しさをひけらかさない。そこがまた新しい。
村上 そういいながら、正直言ってすごく自然かというと、そうでもないと思った。ブレーキはそれなりに違和感がある。
塩澤 僕は相当なレベルまでできてると思ったけどね。
新井 モーターの回生からブレーキ・パッドに切り替わっているのがわかるやつもあるけど、これはわからない。踏力に比例して効きが変わるので違和感も少ないし、すごく運転しやすい。ブレーキは良く躾られていると思いますよ。
塩澤 これでシステム合計で408馬力もあるわけだよね。しかも車重は2・5トンを超えている。大きさもQ5とQ7の間くらいある。これを回生しながら制動するブレーキは大変なモノだと思うし、どういう乗り心地にするか、足回りの躾だって相当難しい課題だったと思う。電気自動車なのでレイアウト的には工夫ができて、前後重量配分は50対50になっているとか、バッテリーを床下に置いて底重心化しているとしても、やっぱり走らせると重さを感じる。エア・サスペンションなんだけど、それなりに硬さもある。でも、嫌な硬さではない。
新井 たとえばメルセデスのEQCもすごく重いけど、あちらは山道を走ると重すぎてニッチもサッチも行かない。クルマ自体が「僕こういうところは苦手なんです」と言っている。eトロンも重いし、エア・サスペンションが無理やり抑え込むようなときに違和感を感じることもあるけど、それ以外はホントに普通に走れる。EQCやIペイスと比べても、一番ガソリンに近いのはeトロンだと思う。それくらい電気自動車であることが希薄で気にならない。静かで、乗り心地が良くて、滑らかなクルマ。
村上 滑らかさは絶品だったね。電気モーターなんだから滑らかなのは当たり前なのかもしれないけど、それにしてもこんな滑らかなクルマがあるんだと驚いた。静けさと滑らかさがこのクルマの真骨頂だと思った。
塩澤 電気の消費量のことでいうと思ったよりも多いかなという気がした。アウディの考えとしては、回生ブレーキを効かせるよりも、オートにしてクルマに任せた方が電費がいいということらしい。
新井 ハイブリッドと同じで、高速巡航は苦手ですよ。やっぱりちょっと消費が多い。逆に街中は思いのほか伸びてると思った。
村上 新井くんの言う通りかもしれない。夜に高速道路を距離としては80㎞くらい走ったけど、結果的には100㎞分くらい消費したかな。今回はカーナビを使わなかったけど、ACCやナビと連動して電気を使うところや貯めるところをクルマが判断するようになっているから、本当は目的地を入れて走ると印象は変わったかもしれない。でも、それも目で見てわかるようなことではない。ホント、アウディらしいと言えばらしい、本当にアンダーステイトメントなクルマだよね。
■アウディe-tronスポーツバック55クワトロ1stエディション
駆動方式 前後2モーター4輪駆動
全長×全幅×全高 4900×1935×1615㎜
ホイールベース 2930㎜
トレッド 1650/1650㎜
車重 2560㎏
電動機 永久磁石同期式電動モーター×2
システム最高出力 408㎰
システム最大トルク 664Nm
バッテリー リチウムイオン電池
一充電最大走行可能距離 400㎞
サスペンション(前) ダブルウィッシュボーン/エアスプリング
サスペンション(後) ダブルウィッシュボーン/エアスプリング
ブレーキ(前後) 通気冷却式ディスク
タイヤ(前後) 265/45R 21
車両本体価格(税込) 1346万円
話す人=村上 政+塩澤則浩(まとめ)+新井一樹(以上ENGINE編集部) 写真=望月浩彦
(ENGINE2020年11月号)
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