こんな時だからこそ乗りたいオープンカー。オープンカーにはこんな手だってある。フィアット500Cとアバルト595C、2台のスモールカーを連ねて、標高2000m超えの高原へ、涼を求めて走ってみた。
暑い暑い夏の日、イタリアのいちばん小さなオープンカー2台を走らせた。フィアットの500Cとアバルトの595C。首都圏は猛暑日寸前。逃げ出すように北へ向かった。
屋根を閉じてエアコンの助けを借りないことには、辛くてもう。幸いなことに、さして広くない室内空間に対してエアコンの効きは上々。ひんやりと乾いたフレッシュ・エアに満たされて、関越道から上信越道へと鼻先を向ける。
僕らは碓氷軽井沢で高速道路を降りて一般道へ、軽井沢を抜けて志賀高原へ向かう。目指すのは日本でいちばん高い所を走る道。渋峠は標高2172m。下界が猛暑日でも、これだけ登れば気温は20℃ちょいの筈。「涼しぃ~」を求めて、ひたすら山道を登っていく。軽井沢を過ぎる頃には外気温は30℃を下回った。フィアット500Cを走らせながら恐る恐るキャンバス・ルーフを開けてみた。小さなスポイラー上のディフレクターが立ち上がって、風の巻き込みを上手いこと和らげてくれる。サンルーフよろしく半分だけ、ちょうどBピラーの辺りまで開けて走る。そよぐ風にエアコンからの冷風が戯れるように綾をなす。心地いい。
そうこうしているうちに道はアップ・ダウンを繰り返しながら、やがて勾配がきつくなってくる。こうなるといよいよ、フィアット500Cの1・2ポップでは自動変速に任せておくわけにはいかなくなってくる。変速プログラムは穏便なそれで、上り勾配に抗しきれなくなってきても高いギアを保持しようとする。サブ・プログラムとしてエコ・モードは持っていても、スポーツ・モードの備えはないから、アクセレレーターの踏み込み量だけではまどろっこしさがつのってくる。
こうなってきたら、シフトレバーをティップ・ゲートへ移して、積極的にマニュアル・シフトしながら、エンジンを十分な駆動力が得られる回転域に保持してやる必要がある。機械に任せるべきところは任せ、それが不得手な状況に陥ったら、役目を引き取って人間がやればいいではないか、という割りきりがある。まぁ、人間を信じているということか。こうしてさえやれば、1t強の車両重量に対して、最大でも10kgm 強しか生まない自然吸気の1・2Lエンジンでも、健気に仕事を全うしてくれる。回転を引っ張って上のギアへ上げてやる、あるいはそのまま保持したり、早めにシフト・ダウンしてやればいいだけのこと。
シングルクラッチ式に起因するシフト・アップ時のングッとひと呼吸おく振る舞いも、右足がかってに学んで上手く対処する方法を見つけてくれる。クルマの運転って、こういうものだったよなぁ、と昔を知る人間は懐かしさを覚えたりする。
手足を忙しく動かして走らせていると、なぜか窓を開けたくなってきて、ドア窓を左右とも下まで下ろして、キャンバス・ルーフも思い切ってルーフ後端まで開けてやる。リア・ウィンドウを通す視界はそのまま保たれるから、速いクルマが迫ってきても気付くのに遅れるなんてこともない。右に左にと緩やかに曲がりくねる道を元気良く走れば、四方八方から賑やかに気流が飛び込んでくる。風のなかを走るがごとし。まるでスポーツカーを走らせているかのような錯覚を覚えなくもない。
長閑な道をのんびりと走るだけなら、さらにルーフをスライドさせてトランク・リッドのすぐ上まで下ろしてやれば、開放感はさらに高まる。「こんなに楽しいんだったら、メタル・ルーフを買ってる場合じゃないだろ」とか思ったりもする。
万座温泉を抜けていよいよ志賀高原が近くなるころには、気温はぐぐっと下がって、クルマのなかを駆け抜けていく風は時に肌寒いほどになった。20℃をちょっと超えるぐらいかしら。涼しぃ~。澄み切った青空に太陽がギラギラと輝いているのに、まるで冷蔵庫のなかに飛び込んだかのよう。これぞ標高2000m超えの爽快感だ。気持ちイィ~。
開くのはキャンバス・ルーフとドア窓だけで、サイドパネルはそのまま残る。グリーンハウスの形はなんら変わらない。それに、上屋が時としてワナワナッと揺れることもある。梁を2本も取っ払ってあるのだから、仕方ないことだ。実害はないのだし、足取りは確かだし、ステアリングの感触が削がれていたりもしない。走らせては、ほとんど500のままだ。
アバルト595Cはどうなのか? 乱暴に言っちゃえば、見た目はほとんど同じだ。ターボチャージャーやインタークーラーを押し込むために鼻がちょっと伸びていて、そこに少し厳つい顔つきが与えられているから、凄みがあると言えなくはない。タイヤも2インチ・アップの17インチだし。でも、走らせたら、同じだなんて言っている暇はない。ウサギちゃんとトラほどに違う。これは別種の乗り物だ。なんやかやで車両重量は130kgほども重い。大人2人ぶん。ところがそんなことは委細かまわず圧倒的に速い。パチンコから弾き出されたかのように猛烈な加速力を隠し持っている。上り勾配などあってないようなもの。
それはそうだ。エンジン排気量の違いはわずかに128ccでしかないけれど、4バルブ・ヘッドで喉を拡げたところへターボ過給器で強引に空気を押し込むことのできる595Cのエンジンは、それが同じ出自のものとは俄かに信じがたいほどの力を捻り出す。最大トルクは優に2倍以上。最高出力では100ps近い余裕を携えている。軽自動車に毛が生えたほどのボディに、こんな強心臓を押し込んだら、ふつうだったら破綻しかねない。が、そこはアバルトの実験開発部隊。そうはさせじと、なりふりかまわず仕立て上げ、不穏な挙動を強引に押さえ込んだのだろうなぁ、ということがまざまざと想像できるような走り方をする。弾けるような排気音も、身体で感じる速さを、いっそう強く印象付ける。
このクルマをジャイアント・キラーと呼ぶことだってできる。遠慮のないクルマなのだ。でも、500Cとまんま同じように屋根が開く。同じようなリズムとペースで走らせている限り、500Cで得られる喜びは、595Cにも同じようにある。
ところが実際にはそうもいかない。いつの間にか、走ることそのもの、操縦することそのものへ誘われてしまう。もちろん、それはクルマの側にではなく、運転する人間の方の問題だということは分かっていても、操縦に没頭させてしまう力を、アバルト595Cは強くもっている。オープンで走っていることすら念頭から飛んでいってしまう。オープン・エア・ドライブの爽快感を、ドライビング・ハイの通快感が上回ってしまうのである。あぁ~。
すると、フィアット500Cではさして気にもならなかった上屋のサイド・パネルのフルフルという共振が気になって、もっとボディに剛体感が欲しくなってきたりする。595Cの弾けんばかりの走りっぷりには、もっとゴリッとした塊感が相応しい。「だったら屋根開かない方買ってくださいよ。あるんだから」と、この小さなクルマ旅に付き合ってくれた新井君なら言うだろうが、そう言われたら、「ですよねぇ」と返すしかない。うぅ~。
アバルト595Cはフィアット500Cよりも欲張りなクルマのはず。そうに違いないはずなのに、走り終えてオープンカーの喜びを真っ先に思い出すのは500Cの方なのだ。ほんとに小さな、ファッショナブルなスモールカーであるフィアット500からしてすでに十分に欲張りさんだと思う。なのに、それだけでは足らずとばかりに屋根を切って大空と風を手にしようとした天井しらずの欲張りさんが、500Cというクルマなのだろう。僕のようなオープンカーが大好きというわけではないはずの人間にすら、屋根が空いてて良かった、と微笑ませるのだから。
■アバルト 595Cツーリズモ駆動方式 フロント横置きエンジン前輪駆動
全長×全幅×全高 3660×1625×1505mm
ホイールベース 2300mm
トレッド(前/後) 1410/1400mm
車両重量 1160kg
エンジン形式 直列4気筒DOHC 16Vターボ過給
総排気量 1368cc
ボア×ストローク 72.0×84.0mm
最高出力 165ps/5500rpm
最大トルク 23.5kgm/2250rpm
変速機 シングルクラッチ式5段自動MT
サスペンション(前/後) ストラット式/トーションビーム式
ブレーキ(前/後) 通気冷却式ディスク/ディスク
タイヤ(前後) 205/40R17
車両価格(税込) 396万円
■フィアット 500C 1.2ポップ
駆動方式 フロント横置きエンジン前輪駆動
全長×全幅×全高 3570×1625×1505mm
ホイールベース 2300mm
トレッド(前/後) 1415/1410mm
車両重量 1030kg
エンジン形式 直列4気筒SOHC 8V
総排気量 1240cc
ボア×ストローク 70.8×78.8mm
最高出力 69ps/5500rpm
最大トルク 10.4kgm/3000rpm
変速機 シングルクラッチ式5段自動MT
サスペンション(前/後) ストラット式/トーションビーム式
ブレーキ(前/後) ディスク/ドラム
タイヤ(前後) 185/55R15
車両価格(税込) 266万円
文=齋藤浩之(ENGINE編集部) 写真=望月浩彦
(ENGINE2020年11月号)
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文=齋藤浩之 写真=望月浩彦
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