欧州で生まれたコーヒー文化はアジアへ。オーガニックの至高の風味が日本に上陸!
18世紀末にイギリスから清へ流入したアヘンは、その後も中国のみならず、アジア各地で暗い染みを残してきた。例えば「黄金の三角地帯」。第二次大戦後の内戦で敗れた国民党が、台湾へ逃げる途中でタイ、ミャンマーの国境にある高地に麻薬の製造法を伝えたことから始まる。結果的に、厳しい気候条件の下で難民たちの生活を支えるケシの一大産地となった。
状況が変わるのは1980年代。タイ王室が設立したメーファールワン財団が、麻薬撲滅を目指すプロジェクトを開始する。ケシと同じ栽培条件に適したコーヒーへの転作を支援するこの「ドイトン計画」が見事に奏功。ケシは駆逐され、ドイトンコーヒーというブランドの確立に至った。
神楽坂にオープンした「アカアマコーヒー」もこの地の豊かな実りのひとつ。中国からの難民であり、北部チェンライの山奥に住むアカ族が無農薬・手摘みで栽培している。この村の出身で当時はまだ20代だったリー・アユ・チュパさんが立ち上げ、民族の名前アカと原地の言葉で母を意味するアマを組み合わせた。実際にリーさんの母ミラーさんも多くの村人と共に栽培に携わる。古都チェンマイで2010年に小さなカフェをオープンしたところ、瞬く間に人気を集め、タイ中に知られる名店となった。
タイ旅行中にその味に魅せられたのが、高田馬場で「地球を旅するCAFE」を経営する市川純平・山下夏沙さん夫妻。「本当に美味しくて、滞在中は毎日通っていました」(山下さん)。やがてリーさんと親交を結び、日本での出店を決めた。オープンは2020年7月。神楽坂の喧騒からは少し距離を置く住宅街ながら、早くも多くのコーヒー好きが足を運ぶ。「アカ族の人たちは仕事が丁寧」と夫妻はその芳醇な香りと味の理由を語る。高地ならではの冷気と少数民族のコミュニティの結束で、短期間のうちにここまで高品質なものをつくりあげたことは称賛に値するだろう。
考えてみれば、米国発祥のサードウェーブは日本の喫茶店スタイルにインスパイアされたものだった。中国、台湾のカフェもレベルが高い。長く茶の文化圏だったアジアが、コーヒーの新たな地を開拓しつつある。背徳の白から口福の黒へ。負の歴史の濾過に成功したタイのアカ族も、その一角に根を下ろしたようだ。
文=酒向充英(KATANA) 写真=杉山節夫
(ENGINE2021年1月号)
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