新型コロナウイルス危機は、時計業界にも大きな影響を与えた。最大の影響はふたつ。ひとつが時計フェアの中止による新作時計の発表のオンライン化。そしてもうひとつが、店舗の臨時休業とインバウンド需要の消失による販売不振だ。
新作時計の発表、公開の場である時計フェアはここ数年「時代遅れ」という批判が高まり、存在価値が問われていた。そして昨年、2020年の時計フェアは、本来ならばこの批判を跳ね返す革新的なイベントになるはずだった。
2大時計フェアのひとつ「サロン・インターナショナル・オート・オルロジュリ(略称SIHH)」から「ウォッチズ&ワンダーズ ジュネーブ(略称WWG)」に改称したジュネーブサロンは、スイス時計の発祥の地ジュネーブの歴史と伝統も体験できる街全体のお祭りに。
世界最大の時計フェアである「バーゼルワールド」も、来場者参加型の新しいスタイルに生まれ変わる予定だった。だが3月、スイス国内での感染拡大による主要都市のロックダウンを受けてどちらも中止に追い込まれた。
その結果、新作時計の公開・発表は、ほぼ全てがオンラインに。しかも、工場の一時閉鎖により、新作の発売時期も遅れ、スイス時計の輸出もスローダウン。この結果、スイス時計協会の発表では、4月の日本への輸出金額はなんと前年(2019年)比14.9%、約7分の1になった。
ただ、日本の高級時計人気は根強く、6月以降は需要が急速に回復。8月には2018年の金額を超え、11月には2019年も上回った。12月においても日本への輸出金額もほぼ2019年並みを達成。全世界へのスイス時計の輸出額も、ヨーロッパやアメリカで大きく落ち込んだものの、感染拡大を抑え込んだ中国や台湾で爆発的に伸び、世界への総輸出金額は、2019年比21.4%減の161億スイスフラン(約190億円)となった。
時計以外のビジネスの大打撃を考えれば、これは予想外に良い数字だ。だがこれは2009年以来のリーマンショック当時とほぼ同じ金額。しかも2021年に入って、新型コロナウイルス感染はさらに全世界に拡大中。そのため、2021年もこの数字が達成できる保証はない。先行きは決して楽観できない状況だ。 こうした厳しい状況に時計フェアと時計ブランド各社は、何とか対応しようと努力を続けている。スイス2大時計フェアのひとつ、ジュネーブで4月に開催予定だったWWGはリアルでの開催を諦め、昨年と同様に「オンラインでの開催」をすでに決定した。
世界最大の時計フェアだったが、昨年のフェア中止とその出展料の返金問題でロレックス、パテック フィリップなどの著名な時計ブランドが抜け、運営体制の大幅な変更から「アワーユニバース」へと改名したバーゼルワールド。こちらも4月に開催すると昨年発表したものの、2月10日に延期を発表した。
スイスや全世界の新型コロナウイルスの感染拡大状況を考えれば、今年中の開催は難しい。こちらも間違いなくオンライン形式になるだろう。新作時計の発表が遅れ、その後の生産も販売店への入荷も遅れている。つまり、新作時計の実物が見られない、触れられない、難しい状況だ。
その一方で時計ブランドによる直営オンライン販売の体制も整ってきた。こうした状況で時計の「売れ筋」や「販売ルート」もこれまでとは大きく変化している。実物を見なくても、触れなくても安心して購入できる、品質や魅力に心配がない人気ブランドの定番モデルが圧倒的な人気で売れているのだ。
この状況では「安心できるものを買いたい」というのは当然の話。新型コロナウイルス問題が収束するまでこの「定番人気」は続くはずだ。時計ブランド各社もこうした定番モデルの進化、新定番モデルの開発に力を入れている。これは時計好きにとって間違いなく良いニュースと言えるだろう。
文=渋谷康人
(ENGINE 2021年4月号)
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