2026.02.07

CARS

「どうせ乗るならスパイダーにしろよ」北方謙三さんのひと言が背中を押した 作家・今村翔吾さんがマセラティMC20チェロに乗る理由

北方謙三さんを師と仰ぐ今村さんにとって、マセラティはずっと特別な存在だった

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【前後篇の後篇/前篇からの続き】

直木賞作家・今村翔吾さん。19歳で免許を取得して以来、マツダ・カペラワゴン、BMW3シリーズ、日産セドリックを乗り継いだ今村さん、その後もトヨタ・プリウスに37万キロも乗ったかと思えばBMWのZ4にも乗るという、振れ幅の大きなカーライフを送ってきた。そんな今村さんには、作家として成功したら乗ろうと決めていたクルマがあった。今回の【後篇】では、そのクルマ、マセラティについておおいに語っていただいた。

【前篇】愛車初公開 直木賞作家・今村翔吾さんが乗る630馬力のイタリアン・スーパーカー このクルマを選んだ意外な理由とは  

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いつかはマセラティという夢

昨年9月に今村さんの手元にやってきたのがマセラティMC20チェロだ。それまでのクルマ選びに比べると、630psを発揮する3リッターV6ツインターボを搭載するイタリアン・ミドシップ・スーパースポーツは、随分と飛躍した選択のようだが、そこにはある想いがあったという。

「作家としてある程度自由になれたら好きなものを買おうと思っていたんです。マセラティに関しては、もともと僕の中で“いつかはマセラティ”という想いがあったんですよ。単純に好き、格好いい。同じお金をだせばフェラーリも行けるだろうけど、僕はマセラティだな」

今村さんが惹かれたのは、このクルマに宿る品と情熱、そして敬愛する先輩作家への想いからだった。

ではなぜマセラティなのか?

「北方謙三先生のイメージが大きかった。鮮烈だったね。先生の過去のエッセイには手がかかるって書いてあり、手がかかるってのが逆にカッコいいーって。マセラティも、当時はマセラッティーと呼ばれていて。聞いたことないブランドで、当時インターネットもないから雑誌で調べて、“あーこんなクルマなんだ”というところからのスタートでした」

北方謙三さんといえば、34歳で免許を取った際に、自動車評論家の徳大寺有恒さんに勧められ、マセラティ・ビトゥルボ・スパイダーを買って以来、ずっと乗り継いできたマセラティ好きなのは有名な話。北方謙三さんを師と仰ぐ今村さんにとって、マセラティはずっと特別な存在だったのだ。

「実は北方先生ご本人から免許を返納されたという話を聞いたんですよ。それと同時に、大事にされていた愛車のマセラティも手放したとか。まだちょっと早いかもと思いつつ先生に、“僕がマセラティに乗っていいですか?”って聞いたんです。そうしたら“どうせ乗るならスパイダーにしろよ”って」

キャビンはカーボンとレザーが織りなす上質な空間で、シートに置かれたマセラティのテディベア付きキーホルダーは、今村さんのお気に入りだ。

しかし、そこでグランカブリオではなく今村さんは、より過激なMC20チェロを選んだ。

「なによりもフォルムが好きなんです。尖ったものより緩やかなフォルムが好き。そこはBMWや日産にも共通するところがあるかもしれないですね。ただ当時はグランカブリオしかなかった。確かにZ4からの流れを考えたらそっちなんだけど、僕の中でちょっと違うかなというのがあったんです。4人乗りというのも嫌だった。潔くいきたいんです。その頃かな、まだオープンじゃないMC20が出たんです。そのフォルムがまさに僕の好みだった。これはもうすぐオープンが来るぞ! と思っていたらやっぱりきたという(笑)」

ちなみにZ4の頃からオープンカーに乗り続けてきたのは、16歳の時から乗ってきたオートバイの影響が大きいそうだ。

「16歳で免許をとって、最初はホンダ・マグナ。そのあともドラッグスターとかアメリカンばかり乗ってきました。ヤフオクでマフラー買って、自分で付け替えたりしてね。今になってネイキッドに乗りたくなってきたけど、さすがに会社のスタッフからバイクだけは止めてって(笑)」



まさに“いつかはマセラティ”という想いと“オープンカーが好き”という気持ちが噛み合ったのが、MC20チェロだったというわけだ。

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