2019年9月にフェラーリの本拠地マラネロでデビューした12気筒FRのオープン・モデル、812GTSについに日本で試乗できる日がやってきた。果たして、その乗り味は? 8気筒ミドシップのF8トリブートとともに借り出し、いつもの箱根へと向かった。
村上 今日は日本に上陸したばかりの12気筒FRオープン、812GTSと、昨年上陸した8気筒ミドシップ、F8トリブートの下ろしたての広報車、2台のフェラーリを借り出して箱根へ、そしてあまりに楽しいものだから西伊豆まで来てしまったわけです。まずは一言、どうでした。
荒井 いやぁ、とにかく凄いとしかいいようがない。とりわけ12気筒。フェラーリの12気筒というのは、とんでもなく凄いものなのだと改めて思い知りましたね。
村上 同感。今回の812GTSの“S”は、むろんスパイダーという意味で、フェラーリの12気筒オープンのカタログ・モデルとしては、なんと1969年の365GTS4、いわゆる“デイトナ・スパイダー”以来50年ぶりに一昨年デビューしたものです。そういう意味では先祖返りともいえるのだけれど、乗ってみると見事に〈いま・ここ〉を体現した最新フェラーリに仕立てられている。今日はどうしたって12気筒の話が中心になりそうな予感がします。
荒井 僕はまず、この812GTSのスタイルがとにかくカッコいいと思った。とりわけ横からみた姿。実は個人的にノーズの長いクルマが好きなんですよ。Aピラーを下に延ばしたラインよりも前に前輪がある。ある意味クラシカルなこのスタイルが僕にはグッと刺さりましたね。
村上 なるほど。荒井さんはジャガーEタイプ好きだものね。でも、私はそれとは逆に、このGTSは、昨年一緒に乗ったクーペ版、つまり812スーパーファストを見た時に感じた、異形とも言えるほどノーズが長い感じが薄れているところがいいと思ったの。ルーフがなくなったことと、リアがガラス・ハッチを持つクーペ・スタイルからトンネル・バックの大きなフィンを持つようになったこと、そして、リア・フェンダーがデイトナ・スパイダーよりもっと古い250GTスパイダー・カリフォルニアを思わせるグッと持ち上がった形状になり、テールエンドが思い切り上を向いてコーダ・トロンカで終わっていることが、いい影響をもたらしているのではないかと思う。つまり、こっちの方がスーパーファストよりリアが分厚いデザインになっていて、その分、こんなにノーズが長くても悪目立ちしない。とにかく全体のバランスが良くて、何度もホレボレしながら眺めてました。特にリアのスタイルが好きです。
荒井 リアの造形の仕上げが上手だよね。ハードトップを格納した後にフィンが残るのがクラシカルでいい。
村上 ただ、実用面で言うと、あれが邪魔して斜め後ろが死角になって見にくいということはあるけどね。
荒井 大丈夫。後ろから来たクルマが退いてくれますよ。
村上 それはともかく、こうやって真横から撮った写真を見比べていると、両車の成り立ちの違いが良くわかるね。一方のF8トリブートはと言えば、前輪とドアの間がわずかしかない。812とは逆にドライバーは極端に前に座っていて、キャビン・フォワードなモダンなレーシング・カーのようなスタイルになっている。この数十年は、フェラーリのスポーツカーと言えばミドシップV8のこっちの方が主流になっていた感じがあるけれど、こうやって12気筒が復活してくると、やっぱりフェラーリ本来の姿は12気筒FRの方にあるのかな、という気がしてくる。
荒井 とにかく、この12気筒エンジンは自然吸気で8900回転まで回るんだからね。あんなに軽くふけ上がって、回転落ちも速い。何を隠そう私も大排気量の12気筒乗りなんだけど全然違う。私のは低速トルクはあるけど、あまり回りたがらない。
村上 ほおっ、それは某イギリスのJというクルマですね。排気量はどのくらいですか?
荒井 5.3リッターでレヴ・リミッターは6500回転。でも、そんなところまでは回らない。
村上 こっちは6.5リッターで8900回転。でも、とてもそこまでは回せなかった。2速でもスピード違反になっちゃう。きっと踏めば気持ち良く回っちゃうんだと思う。とにかく回りたがるエンジンであることは走っていればすぐにわかった。その回転フィールもさることながら、私が感動したのは音です。去年乗ったクーペ版の音より、断然こっちの方が良くなっていると思ったの。
荒井 音については、フェラーリも50年ぶりに12気筒のオープンをつくるにあたって、相当いろいろとやってきているらしいよ。
村上 オープンにして走っていると、前のエンジンそれ自体から聞こえてくる音も素晴らしいし、後ろのエグゾーストから聞こえてくる音も素晴らしい。それで、目を三角にして飛ばさなくても、そのステレオ・サウンドを聞きながらゆったりと流しているだけで満ち足りた気分になれる。
荒井 僕はトンネルの中でフォンフォンやって楽しんじゃいました。
村上 あっ、周りの人が迷惑する、あれをやっちゃったのね。
荒井 やりました、2台とも。その結果わかったのは、自然吸気12気筒の方がずっと高音のソプラノだということです。それに比べV8ターボは回さないでタラタラ走っている分にはとても静かなの。でも、踏むと猛獣のように低音で吠える。
村上 なるほど。ターボが付いているからね。僕はF8に乗っていると、もっと速く走れとエンジンに後ろから急かされているような気がした。それはハンドリング特性から来るものもあって、F8は切った瞬間自分も一緒に回っていく感じがする。とにかくシャープでクイック。一方、812は切り込んだ時のフロントの入りはシャープなんだけれど、自分はちょっと遅れて回っていく。その感覚が独特で最初は戸惑うんだけど、やがて慣れて来ると、これはセカセカ走らせてはいけないクルマなんだ、もっとタメを取るようなゆったりとした走り方をしないとうまく走らせられないとわかってくる。
荒井 僕はF8の方が、運転していてずっと扱い易いと思った。こっちならちょっと頑張って速く走らせられると感じるくらい思い通りに曲がってくれた。でも、12気筒の方はとても運転が難しくて、これはとてもじゃないけど、僕の腕ではムリ。ゆったり走らせないとダメだと思いましたね。ただ、どっちにしても電子制御技術の使い方が上手い。黒子に徹しながら、それでいて常に運転を手助けしてドライバーを守ってくれているという感じがあった。
村上 電子制御技術の使い方は本当に日進月歩で進化している。後輪の左右のトラクションをコントロールして曲がりやすくするEディフとかが付いているわけだけど、介入が自然だからまったく気づかない。
荒井 もうひとつ、もの凄く上がったと思ったのは内装の質感。とりわけ、812GTSはオープンにした時に丸見えになるから、赤いレザー・インテリアの質感の高さがよくわかった。スポーツカーの汗くさい感じとは無縁のゴージャスで艷めかしい空間が拡がっている。
村上 それにしても、フェラーリがいま50年ぶりに12気筒FRのオープンカーを出してきた意図はどこにあるのだろう、と考えてしまう。
荒井 812GTSに乗っているとフェラーリの伝統の重みのようなものを感じるけど、一方のF8トリブートは、もっとも新しいフェラーリに乗っている感じがする。だからその分F8にはマクラーレン720Sを始めとしてライバルがたくさんいて、そういう相手と常に戦っていかなければならない。でも、812GTSは孤高の存在というか、ほかにライバルとなるようなクルマは見当たらない。あえて言えば、アストン・マーティンが12気筒のFRを出しているけれど……。
村上 あれは完全なフロント・ミドシップというわけではなく、前軸の上にエンジンがかかっているはずですよ。だから搭載位置がフェラーリほど低くはない。近年の2座FRフェラーリも599までは完全なフロント・ミドシップではなかった。812の先代のF12から完全なフロント・ミドシップになったんです。だから、まさにここにきてどんどん先祖返りの方向に進んでいるわけで、ついに50年ぶりに12気筒オープンを出すことになったというのは、やっぱり、フェラーリ自身が、いまの時代の空気がそういうものを志向していると読んでいるからだと思う。
荒井 たしかに、自然吸気の12気筒に乗ることができるのはこれが最後かも知れないし、V8だって次は電気モーターが入ってくる可能性が高いことは、すでにフェラーリ自身がSF90を出していることからも明らかだ。自動車業界が100年に1度と言われる大変革期にある今、ブランドのヘリテージをもう一度見直そうという気分に、クルマ好きの誰しもがなっているのは間違いない。
村上 ましてや、フェラーリに乗ろうという人ならなおさらでしょう。実はエンジン・ドライビング・レッスンに812スーパーファストで参加してくれたフェラーリ・オーナーがいるんだけど、最近、なんとGTSに買い換えたと言うの。えっ、なんでわざわざオープンに、と思ったんだけど、今日、その理由が膝を思いっきり叩きたいほど良く分かった。これは時代を象徴する1台だと思う。
話す人=村上 政(まとめも)+荒井寿彦(ともにENGINE編集部) 写真=柏田芳敬
■フェラーリ812GTS
駆動方式 フロント縦置きエンジン後輪駆動
全長×全幅×全高 4693×1970×1278mm
ホイールベース 2720mm
トレッド(前/後) 1672/1645mm
車両重量 1830kg
エンジン形式 65度V型12気筒DOHC
総排気量 6496cc
ボア×ストローク 94×78mm
最高出力 800ps/8500rpm
最大トルク 718Nm/7000rpm
変速機 デュアルクラッチ式7段自動MT
サスペンション(前後) ダブルウィッシュボーン
ブレーキ(前後) 通気冷却式ディスク
タイヤ(前/後) 275/35ZR20/315/35ZR20
車両本体価格 4523万4000円
■フェラーリF8トリブート
駆動方式 ミド縦置後輪駆動
全長×全幅×全高 4611×1979×1206mm
ホイールベース 2650mm
トレッド(前/後) 1677/1646mm
車両重量 1570kg
エンジン形式 90度V型8気筒ツインターボ
総排気量 3902cc
ボア×ストローク 86.5×82mm
最高出力 720ps/7000rpm
最大トルク 770Nm/3250rpm
変速機 デュアルクラッチ式7段自動MT
サスペンション(前後) ダブルウィッシュボーン/マルチリンク
ブレーキ(前後) 通気冷却式ディスク
タイヤ(前/後) 245/35ZR20 305/30ZR20
車両本体価格 3328万円
(ENGINE 2021年4月号)
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村上 政(まとめも)+荒井寿彦(ともにENGINE編集部) 写真=柏田芳敬
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