間もなく10周年を迎える東日本大震災。未曽有の災害で打撃を受けたふたつの伝統工芸が黒一色の器で新たな光を見出そうとしている。
黒は時に災厄を象徴する。2011年3月11日、文字通り東日本を揺るがした地震は巨大な津波を発生させ、曇天の東北沿岸を襲った。日頃の青さとは程遠い黒い波は街の大半を覆いつくし、日々の暮らしにあふれていた彩りを呑み込んだ。
被害はこれにとどまらない。福島の原子力発電所が津波で機能不全となり、全電源喪失のブラックアウト。さらに原子炉建屋の爆発によって黒煙が上がる。想定された最悪のカタストロフはぎりぎり回避されたものの、周辺の街がゴーストタウンとなった。まさに濃淡様々な黒が晩冬の東北を蹂躙したといえるだろう。
人的被害、インフラのダメージは東北の各地に及んだが、伝統工芸も無縁ではなかった。例えば宮城の雄勝硯。石巻市雄勝町を代表する工芸品で、黒石硬質粘板岩という石からつくられる。長年の使用にも劣化しない特性により、室町時代から文人武人に愛用されてきた。東京駅の駅舎改築にあたり、スレート材としても採用されたという。だが、震災時に目の前にある湾まで津波が押し寄せ、工房の多くが壊滅的な損害を被った。
一方、福島の大堀相馬焼は原発事故の直撃に見舞われた。産地は双葉郡浪江町。元禄期に起源を持ち、青磁のような亀裂の「青ひび」と狩野流の「走り駒」の絵で名高い。最盛期には百戸を超える窯元があったと記録に残る。だが事故後に避難地域となり、残っていた25あまりの窯元が移転か廃業かの選択を迫られることになった。
天災がもたらした津波と原子炉による存続の危機が、異なるエリアのふたつの技を結び付ける。それが「黒クロテラス照」のテーブルウエアだった。
硯の製造に使われる雄勝石を砕いて釉薬をつくり、それを大堀相馬焼の土にかけ、じっくりと焼き上げることで深みのある黒の光沢を生み出した。艶と品を兼ね備えた質感が和洋を問わず料理の色合いを引き立て、太陽や照明の光を美しく反射させる。食卓を囲む人の笑顔、明日と東北の未来を照らすようにという願いが命名の由来という。
中国から日本に伝わった水墨画では、黒は単色ではなく、すべての色彩を含んだものとされる。それは同時に、描き手の感性と見る者の想像力の幸福な交差だ。復興への道を歩み続ける東北で、数多の思いを込めてつくられた「黒照」。その潔い漆黒は、人の手から生まれたからこそ、小さくとも確実にひとつの黎明となりつつある。
問い合わせ=黒照 https://www.croterrace.jp
文=酒向充英(KATANA) 写真=杉山節夫
(ENGINE2021年4月号)
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