中国生まれのイギリス育ち、現在はアメリカで活動するアジア系女流監督の作品が、今年度の賞レースを席捲している。4月25日に授賞式が行われる米アカデミー賞の大本命であるクロエ・ジャオ監督『ノマドランド』だ。
主演のフランシス・マクドーマンドが製作を兼ねた本作では、最愛の夫に先立たれ、住居もなくした60代の女性が、キャンピングカーで暮らしながら、季節労働の現場をわたり歩く姿が描かれる。自分はホームレスではなく、“ハウスレス”だと話す、現代のノマド(遊牧民)の物語だ。
アメリカには彼女のような車上生活を送る人々が少なからずいて、砂漠のど真ん中には、彼らが助け合えるようなキャンプ場も存在する。撮影はプロの俳優がノマドと共に生活をしながら行われ、この独特な手法が、作品全体にドキュメンタリー映画のようなリアリズムを与えている。またアメリカ中西部の大自然を捉えた映像の美しさも特筆もので、まるで彼らの生活を追体験しているような気分にさせられる。
本作は格差が進むアメリカ社会の現実を浮き彫りにしているが、むしろ印象に残るのは、自分らしい生き方を貫こうとするノマドたちの姿だ。この現代人の価値観を静かに、だが深く揺さぶる作品で、ジャオ監督はアジア人女性初のアカデミー賞監督賞を狙う。
■ノマドランド
原作はジャーナリストのジェシカ・ブルーダーが数百人のノマドを取材して書き上げた『ノマド:漂流する高齢労働者たち』(春秋社刊)。映画化権を獲得した主演のフランシス・マクドーマンドが、クロエ・ジャオ監督の長編2作目『ザ・ライダー』(2017)を観て、彼女の起用を決めた。なお本作は、今年度のアカデミー賞で作品賞、監督賞ほか6部門にノミネートされている。39歳のジャオ監督はマーベル・スタジオのヒーローもの超大作『エターナルズ』の監督にも決まった。108分。TOHOシネマズ日比谷ほか全国公開中 配給:ウォルト・ディズニー・ジャパン(C)2020 20th Century Studios.All rights reserved.
文=永野正雄(ENGINE編集部)
(ENGINE 2021年5月号)
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