2021年版ENGINE大試乗会。大磯プリンス・ホテルの大駐車場にやってきた2台のポルシェ。1台はEVのタイカンで、もう1台はこの911ターボSカブリオレだ。650馬力、最高速330km/hのスーパースポーツに清水草一、小沢コージ、藤野太一、武田公実、金子浩久の5人のモータージャーナリストが試乗した。
ご存知ポルシェ911山脈のなかの最高峰のひとつがこの911ターボ。もうひとつはGT3ということになるが、試乗車のターボSは屋根の開くカブリオレという快適性を加えることで、その魅力をもう一段の高みへと引き上げている。リアに縦置きされる3.8リッター・フラット6ツインターボは、650ps/800Nmのパワー&トルクを発生。8段自動MT(PDK)と電子制御多板クラッチを使った4駆システムを介して4輪を駆動する。ブレーキは通気冷却式セラミック・ブレーキのPCCBを標準装備。全長、全幅、全高は4535mm、1900mm、1301mmで、ホイールベースは2450mm。価格は3180万円。
正直なところ、近年のスーパースポーツは、あまりにも速すぎると思っている。こんなに速くてどうするのかと思っている。思ってはいるが、しかしこのクルマはやっぱりスーパーマンだった。すべてを兼ね備える無敵のヒーローだった。
ゆっくり流した時の快適性。鞭を入れた時のスポーツ性。幌を開け放った時の快楽性。あらゆる意味でのゴージャスさ。それでいて確保されている実用性。そして最後に付け加えるべきは、電動格納式ウィンドディフレクターに代表される、心憎いばかりのおもてなし性か。つまり、ありとあらゆる贅沢な要望に、すべて応えてくれるのだ。
世の中、ここまですべてを満たしてくれる必要はない。必要ないが、人間の欲望には限りがない。満たされればやはりうれしい。足ることを知らないパワフルゾーンに属する者たちは、こういうクルマを求め続けるのだろう。
最近、試乗車にさほど乗ってないからか、今回特に911の呆れるほどマンネリかつ強固な自動車エンタテイメント力に衝撃を受けた。昔に比べてデカくなったとはいえカブトムシみたいなフォルム感は相変わらず独特で、メーターは運転席に超近い。なによりすべてのタッチが重厚過ぎ! 朝から焼肉を食べてるようなしっかりしすぎのペダル剛性感に、上質感の塊のステアリング・フィール。しかもその味付けの構成は30年前からほぼ変わらない。乗った人にしか分からない独特のステアリングの効きがあって、それが毎回強まってるのがキモチいい。フラット6エンジンは相変わらずのメカニカル・サウンドと同時に空恐ろしいトルク感。コイツもまた骨格は変わらずパワフルになってる。30年以上ずっと基本が変わらない世界最高の自動車エンタテイメント。オペラ・ファンがずっとミラノ・スカラ座を、オーケストラ・ファンがベルリン・フィルを追い続けるのと同じ伝統芸能の世界だ。なんとも素晴らしい超ド定番自動車エンタテイメントである。
ターボのついていないタイカン・ターボSには乗ったけれど、本家992ターボSには初試乗だった。3.8リッター水平対向6気筒ツインターボは650ps、800Nmを発揮。0-100km/h加速2.8秒。最高速330km/h。その数字だけで頭がクラクラする。例のごとく右手にあるシリンダーをひねってエンジンをかける。ああ、これこれと、期待していたとおりの音と振動が伝わってくる。赤い幌を閉めて走りだせばさながらクーペだ。エンジンも8段になったPDKもマナーよろしくゆっくり走ることを許容する。しかし、ひとたびアクセルを踏めば飛んでいきそうなほどの滑空感が味わえる。そしてブレーキ・ペダルに足を踏み代えると盤石の制動力が立ち上がる。迫りくるコーナーに、瞬時に速度をアジャストしてくれる。途中でカブリオレであることを思い出し幌を開け放ってみたもののボディ剛性の差は正直わからなかった。後席に備わるウィンドディフレクターをあげれば100km/h巡航でも風の巻き込みはほとんど気にならない。泰然自若という言葉がよく似合う。
現行992系911のトップモデル、ターボSにしてカブリオレという「全部のせ」は、まもなく登場するだろう992GT3と並んで、もしかしたらポルシェのボクサー6の最終進化形となってしまうのでは? という思いから、噛みしめるように味わうことにした。
たしかに、素晴らしいスーパースポーツである。猛烈に速くて、鬼のように曲がる。路面が濡れていても、まったく不安を感じさせない。またドライブ・モードを上手く使いこなせば、ベントレーやアストン・マーティンのごとく豪奢な超高速ツアラーにもなり得る、実にユーザー・フレンドリーな側面も兼ね備えている。
ただ、空冷時代の911のごとく「お前(乗り手)が俺(クルマ)に合わせろ」という唯我独尊感が懐かしく思われたのも正直なところだが、もはやポルシェはそんなアナクロ的な感傷などと付き合ってはいられない、次なるステージに進んでしまったのだろう。
試乗を終えて戻った時、たまさか隣に並んだタイカンと見比べて、そんな思いが脳裏をよぎったのだ。
911ターボSカブリオレの新型に乗るたびに思うことは、いつも変わらない。「超絶的に素晴らしかった。でも、もうこれ以上のハイパワーは必要ないだろう?」と。2つ前の911ターボSカブリオレでドイツ・アウトバーンの速度無制限区間を走った時、緊張はしたが250km /h以上で走り続けて何の不安も感じなかった。それだけでなく、「どんな感じですか?」と助手席の人と会話することができるくらい風の巻き込みが少なく快適だったことにも驚かされた。そして、今度の911ターボSの最高出力は、なんと650馬力。先代モデルよりも70馬力も高められている。西湘バイパスに出て、ソッと右足を踏み込んだだけでも加速の凄まじさは伝わってきた。それより少し早めに奥まで踏み込んでみたが、すぐに戻した。眼や反射神経が付いていかないくらいの爆裂加速だ。誰でも運転できるけれども、性能をフルに発揮させるのは誰にもできないのではないか? そう思わされるほど、この加速は凄まじい。幌の開閉時間が短くなったのは朗報。
(ENGINE 2021年4月号)
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