日常的な扱いやすさを重視
先ごろ日本でもハイブリッドの追加が発表された600だが、今回、取り上げるのは電気自動車(BEV)の600eである。

とはいえ、バッジ類と小さな排気管の有無以外、基本的なデザインに違いはないようだ。そんな600eは、率直にいって走りもいい。低速では少しばかり硬さは感じるものの元気はつらつ、スピードが上がるほどにしなやかに、かつ所作が落ち着いてくるのは、いかにも欧州車っぽい。BEVとしてはこれ見よがしに加速力を強調するわけでなく、日常的な扱いやすさを重視している。
ご想像のとおり、600eのハードウェアは、ほぼ同時発売となったジープ・アベンジャーと基本的に共通である。もっといえば、プジョーのe-2008やシトロエンE-C4とも、ホイールベースや搭載されるモーターや電池などの(価格や発売年次に応じた)違いはあれど、基となるDNAは同じである。
プラットフォームの基本構造からパワートレイン、ホイールベースまで共通であれば、クルマとしてのスイートスポットも必然的にほぼ重なる。それでも、乗り味を無理やり差別化しようとして、どこかにしわ寄せを生じさせている例もなくはない。600e(とアベンジャー)の走りに、そうした意味での不自然さはまるで感じられない。あえて強引な差別化をしないことも、これはこれでひとつの見識といっていい。
デザインの力は偉大だ
となると、フィアット600を600たらしめている最大のハイライトは、やはりデザインということになる。そんな新世代600のデザインは、3年ほど先行した500eの拡大版であると同時に、あの初代600の現代的解釈にしか見えない。

しかし、ヌオーバ500も初代600も、リア・エンジンで後輪を駆動するRRだった。対して、先代500から今の500e、そしてこの600はすべて、現代的なフロント・エンジン(もしくはモーター)で前輪を駆動するFFレイアウトである。つくられた時代も、またクルマとしてのレイアウトもこれだけ異なるのに、新旧600(や500)は、誰の目から見ても血のつながりを明確に感じさせるデザイン力は、今さらながら見事というほかない。
新しい600のデザイン・コンセプトはドルチェヴィータ。“甘い生活”を意味するイタリア語で、それは今を楽しむ、イタリア流のライフスタイルを指している。明るくて楽しい生活をイメージさせるこの言葉をデザインで表現したのがまさに600で、そのデザイン・コンセプトのひとつが“ビッグ・スマイル”だ。
フィアットのデザイナーは、フロントフェイスをデザインする際、ヘッドライトのことをあえて“目”と呼んでいる。そしてこのキャラクターの“目”をどうデザインして、どんな表情をもたせるかを議論するのだという。
このビッグ・スマイルによって、われわれ現代人が1950~60年代のクルマに対して直感的に抱く、どこかおおらかでユーモラスな空気感を新しい600や500eで醸し出すことに成功している。
さらに、新しい600に往年の雰囲気を感じさせるプロフェッショナル・デザインの技がじつはもうひとつある。それは新しい500eも同様なのだが、ヒップのオーバーハング量と傾斜角度にある。

新しい500eや600のデビュー時に公開されたデザイン・スケッチによると、新しい600のリア・エンドは、リア・タイヤの後端部から、その半径分を足した地点で切り取られている。これは500、そして往年の600やヌオーバ500のすべてに共通している点だ。そして、後輪中心からタイヤ1本分フロントに移動したところにタイヤを4本分積み上げ、その一番高いところとリア・エンドを結んだ直線が、そのままバック・ドアの基本傾斜角になっている。
こうして文字にしただけでは、分かりにくいだろう。つまりは、リア・タイヤの中心点や直径、リア・エンドの位置、そしてバック・ドア傾斜角……の関係が、新旧600、そして新旧500のすべてで同じになるように造形されているということである。
かつてのヌオーバ500は600をベースに、エンジンルームやタイヤ径を縮小して、さらにホイールベースやフロント・フードを短縮したパッケージレイアウトとなっている。一方、現代の600は先行した500eよりタイヤは大きく、ホイールベースもフロント・フードも延長されているが、前記のようにバック・ドアの傾斜角をはじめとしたリア・セクションのバランスは500eと巧妙に共通化されている。だから、プラットフォームから500eと別物のはずの600が、500eの拡大版に見える。冒頭のように、新旧の500と600は開発された順番はちがえども、リアを起点としてホイールベースやフロント・フードの長さが変わっている……という関係性は新旧で同じなのだ。

対して、600のインテリアは柔らかな楕円モチーフをうまく取り入れたダッシュボードに2本スポークのステアリング・ホイール、丸みを帯びたメーターフード、隠しデザインの空調吹き出し口、整然とならんだスイッチ類が特徴的だ。これらは500eと似たデザイン・ロジックながら、エクステリアとのバランスやクラシカルな雰囲気を醸し出す手腕は、さらに進化しているように思える。
独立した容器をポコンと載せたようなメーターフードは、いかにもクラシック風味だし、アイボリーのダッシュボード処理は、往年の定石だったボディ・パネルむき出しのインテリアを彷彿とさせる。またアイボリーにブルーのステッチが施されたシートには、「FIAT」のロゴが繰り返し入っている。インテリアに隠れキャラを探す楽しみを散りばめるのは、近年のクルマでは洋の東西を問わないお約束のひとつだ。

新旧600の細部をひとつひとつ観察すると、まったく同じモチーフは、じつはほぼ存在しない。なのに、パッと見たときには誰の目にも共通したDNAや空気感を漂わせる。それは形をまねるだけでは実現しない、プロフェッショナル・デザイナーならではの高度で繊細な仕事だ。
500+100、あるいは家族のための500、というコンセプトでつくられた600は、小気味よく躍動的で、スピードが上がるほどしっとりと落ち着く。ステアリングを握って走っているかぎり、自然と「イタリアだなあ」なんて勝手に納得してしまうから、我ながらチョロいものだ。クルマにおけるデザインの力とは絶大なのである。
文=佐野弘宗 写真=望月浩彦
■フィアット600eラ・プリマ
駆動方式 フロント・モーター配置前輪駆動
全長×全幅×全高 4200×1780×1595mm
ホイールベース 2560mm
トレッド(前/後) 1535/1525mm
車両重量(車検証記載前後軸重) 1580kg(870/610kg)
モーター形式 交流同期モーター
モーター最高出力 156ps/4070-7500rpm
モーター最大トルク 270Nm/500-4060rpm
変速機 1段固定
定格電圧/電池総電力量 375V/54.06kWh
一充電走行距離(WLTC) 493km
サスペンション形式 前/後 ストラット式/トーションビーム式
ブレーキ 前/後 通気式ディスク/ディスク
タイヤ 前後 215/55R18 99V
車両価格(税込) 555万円
(ENGINE2025年7月号)