BMWは“8”という名のビッグ・クーペを、ただ復活させたのではなかった。そのことは8を名乗る新型車を、ル・マン24時間レースの会場で、しかもレーシング・カーとして初披露したことからも窺える。狙ったのはリアル・スポーツカーとして楽しめる豪華なグランド・ツアラー。先行したM850ixドライブもなかなかよくできたGTスポーツカーだったけれども、そのテスト時に「新たな8シリーズの真価を正しく理解するためにもM8の登場を楽しみにして欲しい」と、われわれメディアに告げたのは、他ならぬ8シリーズの開発陣だった。
その時がついにやってきた。ポルトガルのリゾート地、ファロ近郊とアルガルヴェ・サーキットが舞台の国際試乗会でM8クーペとM8カブリオレの“コンペティション”が試乗に供され、ピット内ではM8グラン・クーペのプレビューも行なわれた。
ピットには1台のM8がリフトアップされていた。通常パネルで覆われたシャシーの裏側を見せようという魂胆だ。前後ともM専用のアーム類を明らかに強固な補強材が支えている。古くさいやり方かも知れないが、もはやスーパーカー並みの性能を持つV8・4WDのM8から、6気筒・FRの8シリーズ・グラン・クーペまで幅広くカバーするには、こうした手法こそ適切と言えそうだ。
M8はパワートレインを筆頭に、メカニズムは基本的にはM5を踏襲。けれどもM5より明らかにエンジン搭載位置を低め、重心高を下げている。“レーシング・カーありき”でM8の開発をスタートさせたというBMWの主張を裏付けるものだ。
M8の中でもコンペティションはピーク・パワー625psというBMWロードカー史において最もホットなスペックを持つV8ツインターボを搭載する。組み合わせるのは、いずれもM謹製の8段ATと4WDシステムだ。さらにM専用のインテグレーテッド・ブレーキング・システムを採用。制動パフォーマンスを高めたのみならず、2種類のペダル・タッチを選べるという優れものだ。優雅に走りたいときには、ブレーキもゆったり効かせることができる、というわけだ。
まずサーキットでM8クーペのコンペティションを試す。起伏に富み、ベントのバリエーションも多く、しかも高速域もしっかりとあるテクニカルなロング・サーキット。スーパーカーで何度も試したトラックだ。駆動システムのモードは“2WD”、“4WD”、そして“4WDスポーツ”の3種。4WDスポーツならFRに近いドライビング・ファンを安心して得られる。M5でも相当楽しかったが、M8では路面との距離がいっそう近く、よりダイレクトな操作フィールのため、狙ったラインを面白いようにトレースできた。後輪の多少の滑りも、ドライビング・ファンのアクセントとして有効で、正しい方向から目線を反らさない限り、マシンは斜めになりながら、前へ前へと突き進む。
加速パフォーマンスは圧巻のひとこと。サウンドもスーパーカー顔負けだ。BMWのGTもついにここまで来たか、と古の6シリーズ(それでもB7Sターボは速かった!)を好んだ身には隔世の感がある。
サーキットの興奮冷めやらぬ間に、M8カブリオレ・コンペティションでワインディング・ロードを目指す。M850iよりもはっきりと硬質なライド・フィールだが、硬過ぎることはない。むしろ腰から下がよどみなく引き締まっており、操舵にも軽快さが加わって、車体サイズが小さく感じられたほどだ。ボディの動きにブレはなく、よくコントロールされていて、それゆえ硬くても乗り心地も良く思えた。
M8は史上最もホットなBMWだが、場面によってはクールに楽しむことだってできるのだった。
文=西川 淳
■BMW M8コンペティション・クーペ(コンバーチブル)
駆動方式:フロント縦置きエンジン4輪駆動 全長×全幅×全高:4687×1907×1362(4687×1907×1353)㎜ ホイールベース:2827㎜ トレッド 前/後:1627/1632㎜ 車両重量:1885(2010)㎏ エンジン形式:水冷V型8気筒DOHCツインターボ ボア×ストローク:88.3×89.0㎜ 排気量:44395cc 最高出力:625ps/6000rpm 最大トルク:76.5kgm/1800-5800rpm トランスミッション:8段AT サスペンション前/後:ダブルウィッシュボーン/マルチリンク ブレーキ 前/後:通気冷却式ディスク タイヤ前/後:275/35ZR20/285/35ZR20 車両本体価格:未定
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