ベントレーが大きく舵を切ろうとしている。長らく頂点のモデルとして君臨してきたミュルザンヌが、いよいよ6.75ℓエンジンとともに姿を消すことが決まった。そして昨年は屋台骨であるフライング・スパーが代替わりのタイミングだったこともあり、顧客の多くがベンテイガに注目した。
すでに全体の4割以上のシェアを、ベンテイガは占めているという。ロールス・ロイスと決別して以来、伝統的な気の遠くなるような時間を費やす職人の技と、フォルクスワーゲン・アウディ・グループの持つ最新テクノロジーを組み合わせることで躍進したベントレーは、ベンテイガの成功で次なるフェイズへと移行をはじめている。
そんな中、ベンテイガに加わった"スピード"に乗る機会を得た。これはBMWのMやアウディRSのようなベントレーのいわば役付きモデルで、コンチネンタルGTやミュルザンヌにも最もスポーティなモデルとして設定されていた。
現在ベンテイガのパワートレインは6ℓW12ターボと4ℓV8ターボ、そして3ℓV6のプラグイン・ハイブリッドと4ℓV8ディーゼル(ともに日本未導入)の4種類があるが、スピードの心臓部に収まるのは過給圧の変更などで最高出力が608psから635psにまで高められた6ℓW12ターボで、トルセン式センターデフと8段ATを介して4輪を駆動する。
英本国ではベンテイガ・スピードはカタログ・モデルだが、ここ日本では20台の限定で、しかもほぼ完売に近い状態らしい。触れる機会はないだろうと思っていたのだけれど、都心のホテルを起点とするフルラインナップ試乗会にスピードも用意されると聞き、逃してはならじと参加することにした。
エントランスに滑り込んできたベンテイガ・スピードからは、どこか異様な雰囲気が漂っていた。角度によって紫にも青にも見えるアズール・パープルという外装色は、全長5m超、全幅約2mの巨体を引き締めている。車体下部にはSUVらしからぬ空力部品も加わる。グリルやダクトは漆黒となり、ライト周囲の明度が落とされ目つきがするどく見えた。
背の低いスポーツカーならドンピシャの仕立てだが、ベンテイガの全高は1.8mだ。この色と仕立てに加えてこの大きさだから、周囲を圧倒する強烈な存在感がある。
都心を抜け、高速や峠道も走って分かったのは、この装いにすべてがぴたりとマッチするのはドライブ・モードが"スポーツ"の時ということ。走行中に切り替えると途端にシフト・ダウンし、静まりかえっていた室内に甲高いサウンドが伝わってくる。
以前試した時は勇ましく吹け上がりの鋭いV8に対し、W12は極めて滑らかで静かな印象だった。ところがベンテイガ・スピードのスポーツ・モードのW12は、レスポンスが鋭く、むしろV8よりもスポーティに感じる。
資料によればスポーツ・モードだけはベンテイガ・スピード専用の仕立てで、電子制御式アクティブ・アンチロールバーとエア・サスペンションを備えた足まわりの制御プログラムも異なるという。
峠道ではほぼノン・ロールのまま路面に張り付いたかのように自在に向きを変えるし、いつでも右足の動きに即座に反応して怒濤の加速をはじめるから、2.5トンを越える重さをつい忘れそうになるほどだ。それほど走らせた感じはシャープで、巨体をもてあますような感覚がまったくないのには驚いた。
そうした一方で、ドライブ・モードをデフォルトの"B(ベントレー)" に戻せば、一気に上質かつまろやかな振る舞いへと早変わり。22インチ・ホイールが標準ながら足まわりはしなやかに動き、そこいらのラグジュアリー・サルーンを寄せつけない身のこなしを見せるのである。
高級かつ力強く、洗練されていてしかもスポーティ。ベントレーならではの世界は、今やサルーンでも、ましてやスポーツカーでもない、オールマイティなSUVのベンテイガですら、悠々と味わうことができるようになった。ベンテイガ・スピードはこれからのベントレーを示す、一つの指標になると、僕は思う。
■ベントレー・ベンテイガ・スピード
駆動方式 フロント縦置きエンジン4輪駆動
全長×全幅×全高 5150×1995×1755mm
ホイールベース 2995mm
車両重量 2510kg
エンジン形式 水冷V型12気筒DOHCツイン・ターボ
総排気量 5950cc
ボア×ストローク 84.0×89.5mm
最高出力 635ps/5000-5750rpm
最大トルク 91.8kgm/1500-5000rpm
変速機 8段AT
サスペンション(前) ダブルウィッシュボーン+エア
サスペンション(後) マルチリンク+エア
ブレーキ(前後) 通気冷却式ディスク
タイヤ(前/後) 285/40YR22/325/35YR22
車両本体価格(10%税込) 3000万円
文=上田純一郎(ENGINE編集部) 写真=神村 聖
(ENGINE2020年4月号)
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