入手困難だったプリンスの貴重な作品が、新たにCDやアナログ盤となって発売されている。その音楽には、差別に対するプリンスの、怒りと平和への願いがこめられていた。
「プリンスが生きていたら何を話しただろう」
「プリンスが生きていたらここまでの暴動になる前に抑えることができたのではないか」
ジョージ・フロイド死亡事件を引き金とした人種差別抗議デモで、参加者の一部が放火して警察署が炎上。米ミネソタ州ミネアポリスの街が燃えた5月末日、SNSにそう書き込む人が何人かいた。
プリンスはミネアポリスに生まれ、スターになってからも移住することなく生涯その街に住み続けた、言わばミネアポリスの象徴とも言える音楽家。また2015年に米メリーランド州ボルチモアで警察に拘束された黒人青年フレディー・グレイが死亡して暴動が勃発し、市民と警察の対立が続いた際には、「血塗られた日々をいつまで送るのか。もう泣くことも、人が死ぬのもうんざりだ」と歌われる「Baltimore」というプロテストソングを発表した。
ミネアポリスで「Prince Day」とされる6月7日(プリンスの誕生日)には、その街から世界に広がったブラック・ライヴズ・マター運動を受けて新たに制作された同曲「Baltimore」のMVがプリンスの公式YouTubeで公開。プリンスの残したメッセージと音楽、その本質と重要性が今また改めて世界中の人に理解され、広がりを見せているところだ。
奇しくもミネアポリスの街が炎に包まれたその日、プリンスの作品が2種、発売になった。これは今まで入手が困難となっていた作品(またはファンに向けての配信リリースのみだった作品)をフィジカル(CDとアナログ・レコード)で発売していくカタログ・リリース・プロジェクト<LOVE 4EVER>の第5弾となるもので、ひとつは2001年発表の名作『レインボー・チルドレン』。もうひとつは「ワン・ナイト・アローン…」のシリーズ・タイトルで2002年に発表されたスタジオ録音作とライブ盤、さらにライブDVDもセットにした5枚組(4CD+1DVD)『アップ・オール・ナイト・ウィズ・プリンス』だ。
『レインボー・チルドレン』は、"彼"がシンボル・マークからプリンスの名前に戻して発表した最初の作品。当時「宗教色の濃い歌詞が難解で取っ付きにくい」というレビューが多く出回り、商業チャートに背を向けた作品だったゆえ不当な評価がなされていた側面もあるが、ジャズを消化したオーガニックなサウンドは時代の先を行っていながらも普遍的。生演奏の豊かさにこだわり、「リアル・ミュージック・バイ・リアル・ミュージシャン」(本物の音楽家たちによる本物の音楽)をプリンスはこの作品から標榜した。
その『レインボー・チルドレン』の半年後に、NPGミュージック・クラブ(2001年に開設され、プリンスの新楽曲を随時配信するなどしていたファンクラブ的側面ありの音楽サイト)の会員限定でリリースされたのが、ピアノ弾き語り作品『ワン・ナイト・アローン…』だ。父親の死が影響してか、誰もいない部屋で静かにピアノを弾いて歌うことで心の平穏を保っているような、そんなあり方。低い地声から、囁き、ファルセットまで、七色の声を使い分けるプリンスのヴォーカル表現の豊さが、ほかのどの作品よりも伝わってくる作品とも言える。
『ワン・ナイト・アローン…ライブ!』は2002年11月にNPGミュージック・クラブの会員向けとしてリリースされ、翌月には市販もされた、プリンスのキャリア初となる公式ライブ盤。優れた演奏技術を持つ腕利きミュージシャンばかりからなるバンドと共に、まさしく「リアル・ミュージック・バイ・リアル・ミュージシャン」の神髄を伝えてくる作品だ。
アフター・ショー(正規のライブが終わったあと、小さなクラブに場所を移して時間も決めずにバンドメンバーやゲストらとジャム・セッションするもの。プリンスはツアー先の国でも大抵それをやっていた)の模様を収めた『ワン・ナイト・アローン…ザ・アフターショウ:イット・エイント・オーヴァー』もまたしかり。もちろんその“本物のミュージシャンたちとの本物の演奏”の凄さと熱さと華麗さは、2002年12月のラスヴェガスのライブを収めた映像作品『ライヴ・イン・ラス・ヴェガス(原題: Live At The Aladdin Las Vegas)』でも確認できる。よって、その弾き語り録音作とライブ盤とライブ映像作をひとつにまとめた『アップ・オール・ナイト・ウィズ・プリンス』は、プリンスの残した多くの作品のなかでもとりわけ演奏力とヴォーカル力が破格であることを明確に伝えるブツだとも言える。
『ワン・ナイト・アローン…』収録曲「Avalanche」で、プリンスは人種差別に対する怒りを表している。が、同じく同作に収録されたジョニ・ミッチェルのカヴァー「A Case of U」には平和への願いを込めている。差別に対する怒りと平和への願い。その両方がひとつの作品のなかにあり、その両方のパワーを分けずに表現し続けたのがプリンスという音楽家だった。
また『ワン・ナイト・アローン…ライブ!』で歌った「Free」では、「あなたは自由であること、自由に考えを改められることを喜びなさい」「あなたが“持っているもの“、“得たもの”に感謝しなさい」というフレーズが繰り返される。
したがって『アップ・オール・ナイト・ウィズ・プリンス』は、ブラック・ライヴズ・マター運動が世界的な社会現象となっているまさに今こそ世界の人々に聴いてほしい作品だ。
※新たに制作されたプリンス「Baltimore」のMVはこちらより
https://youtu.be/hMLI7LFf84w
文=内本順一(音楽ライター)
(ENGINEWEBオリジナル)
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