数々のポルシェ・エンジンを開発したハンス・メッツガーが6月に亡くなった。2年前にメッツガーに会った筆者が、本人から聞いた意外な言葉を明かす。
「それはマクラーレンに積んだ1.5LV6のTAGターボだよ。ニキ・ラウダとアラン・プロストがドライブしてチャンピオンを獲ったやつさ。みんなもそう言ってくれるよ」
2018年にラグナセカで行われた北米最大のレーシング・ポルシェ・イベント、レンシュポルト・リユニオンVIの会場でのこと。「あなたにとってのベスト・エンジンは?」という質問にポルシェ・エンジンの父、ハンス・メッツガーはそう答えてくれた。
ところが、TAGターボと答えた後で「あ、もう1つあったな」と彼が挙げたのは、意外にもポルシェ914の後期型に搭載された2L空冷フラット4OHVユニットだった。
1929年生まれのメッツガーは、名門シュトゥットガルト工科大学を卒業後、1956年にポルシェに入社。まずF2用の4カムの1.5Lフラット4"タイプ547"ユニットのプロジェクトに配属された彼は、804F1に搭載された1.5Lフラット8 F1"タイプ753"エンジン(F1史上唯一の空冷ウイニング・エンジンでもある)の開発にも携わる。
続いてメッツガーに託されたのは、難航を極めていた911用の空冷水平対向6気筒エンジンの開発だった。ここで彼はレース・エンジンの経験を活かしてSOHC化、ドライサンプ化などの解決策を導き出し、完成させた。
その後フェルディナント・ピエヒがモータースポーツ部門を立ち上げると、メッツガーはレーシング・エンジンの責任者として917の4.5L空冷フラット12、917/30の5Lフラット12ターボ、956の2.65Lフラット6ターボなど、レース史に残る名機を次々と生み出していく。
そんな彼がなぜ914の2Lフラット4という、ポルシェの中でも地味なエンジンを挙げたのだろうか?
「914に6気筒を積んだモデルを知ってるかい? でもエンジンが高価すぎて、販売は決して褒められたものではなかった。そこで私に元々積んでいたVW製の4気筒エンジンを改良するよう指示が来たんだ。1.7Lで80psほどのエンジンを100psにしろとね。でもOHVだし、できることは限られていた。VW側の人々も構造的に排気量を上げるのは1.8Lが限界で、絶対無理だと言ってきた。そこで私はなんとか排気量を拡大できないかと、メジャーで徹底的にエンジンの寸法を測り直した。そうしたらストロークを5㎜延長できることがわかり、排気量を2Lにすることができたのさ。最初のテストで95psが出たので、911などのレースの経験を活かしてシリンダーヘッドやエキゾーストを改良した。それで100psを達成することができたんだが、パワーアップしただけでなく、1つのシリンダーだけがヒート気味だった持病も解決したうえ、燃費もよくなったんだよ! これは痛快だった。最高の2Lエンジンだと思う」
1990年にF1用3.5LV12ユニットを設計したのを最後に第一線を離れたメッツガーは、エンジニア人生のすべてをポルシェに捧げて1993年に退職。その後もポルシェの重要なアンバサダーの1人として様々な場面に顔を出し続けてきたが、2020年6月10日、90年の生涯を閉じた。
これまで彼のことを取材した様々な記事にも、彼の死を悼むポルシェのプレスリリースにも914の2リッター・ユニットに関する記述はほとんど見当たらない。しかしながら、彼があの日明かしてくれた話は、市販車からF1までジャンルを問わず多くのイノベーションをもたらし、"エンジンの法王"と呼ばれた稀代のエンジニアにふさわしいエピソードであったと思う。
文=藤原よしお
(ENGINE 2020 9月と10月の合併号)
無料メールマガジン会員に登録すると、
続きをお読みいただけます。
無料のメールマガジン会員に登録すると、
すべての記事が制限なく閲覧でき、記事の保存機能などがご利用いただけます。
文=藤原よしお
advertisement
PR | 2025.10.28
CARS
【マセラティ111周年】1万円ギフト券付き試乗&特別ギフトボックス…
PR | 2025.10.29
CARS
【参加者募集】「ENGINE × ALPINE Driving E…
2025.10.25
LIFESTYLE
BMW Z1 × LOEWE スタイリスト・祐真朋樹の「乗る車 ×…
2025.10.25
WATCHES
軽快な装着感も魅力!行楽や旅行にも最適なパテック フィリップ 年次…
PR | 2025.10.17
CARS
スタイリストの森岡弘さんに聞きました フィアット・ドブロに乗る人っ…
PR | 2025.10.10
CARS
そのデザイン&パフォーマンスに理由あり!「MINIクーパー5ドア」…
advertisement
2025.10.22
110ccのバイクに普通免許で乗れる!新基準原付に原付免許で乗れるのか解説
2025.10.29
GT-Rと同い年!新しくなった三菱デリカD:5が10月30日から予約注文開始【JMS2025】モビリティショーではプロトタイプを展示
2025.10.28
ランチアが“インテグラーレ”でWRCに復帰! 来季のモンテカルロで再デビュー
2025.10.24
スバル「STI」とは?その歴史や歴代モデルと市販モデルへの反映について
2025.10.13
次期「レクサスLS」はなんと6輪ホイールのミニバンに【JMS2025で公開!】LSの“S”はサルーンの“S”ではなく、スペースの“S”へ