いま着けたいのは、“物語” のある時計--。その興味深いストーリーを知るほどに魅力は深まるばかり。ここに現代の名品たちを主役にした珠玉の短編集を編んでみた。
物語のある時計———そんなテーマにまさしくぴったりなのが、ステンレススティールを主体にした新しいブレスレットウォッチの「アルパイン イーグル」だろう。ショパールの新たなアイコンを担うこのスポーティなラグジュアリーウォッチには実に感動的なドラマがあるのだ。物語の序章は40年も前に誕生した「サンモリッツ」に始まる。
当時のショパールはゴールド製の時計のみを作っていたが、現在の共同社長カール-フリードリッヒ・ショイフレが、父で現会長のカール・ショイフレに、スティールをゴールドと同じように使った時計を作りたいと提案したのが発端だ。スイスの著名なウィンターリゾート地の名を冠した「サンモリッツ」は、ケースとブレスレットとが一体となり、ベゼルにスクリューをあしらったいかにもスポーティでエレガントなデザインが 評判に。たちまちベストセラーになった。ベゼルの4方位にそれぞれ配された2個のスクリューや、3列の中央のコマにポリッシュ仕上げを施したブレスレットといった「アルパイン イーグル」の特徴的なデザインエレメントは、1980年代の「サンモリッツ」に由来するのだが、しかしたんに「サンモリッツ」を現代的に模様替えして、アップデートを図ったのが「アルパイン イーグル」なのではなかった。
物語の第2章はさらに興味深く、それは5年ほど前に遡る。共同社長 カール-フリードリッヒ・ショイフレの息子カール-フリッツ・ショイフレが父のデスクになにげなく置かれていた「サンモリッツ」を見て感動し、そのリデザインを願い出たという。ところが、意に反して提案は受け入れられなかった。「サンモリッツ」はカール-フリードリッヒ自身のいわば記念碑であり、ショパールにとっては不変のアイコンなので誰にも触れさせたくなかったらしい。しかし諦めきれなかったカール-フ リッツは祖父に相談。かつて自分の父が祖父に「サンモリッツ」の構想を持ちかけたように、今度は孫と祖父が一緒になって父に「アルパイン イーグル」のプロトタイプを作って説得に努めるという構図になった。こうして4年間に及ぶ研究開発をへて2019年秋に実現したのが「アルパイン イーグル」。 新開発のショパール ルーセント スティール A223を用いた外装、COSC認定 クロノメーターの高精度自社製ムーブメントなど、デザインからメカニ ズム、素材に至るまで数々の特色があり、若い世代の感覚と時計に精通した父や祖父の専門知識が見事にブレンドされ、まさにショイフレ家3世代の男たちの熱い思いが詰め込まれた時計が完成した。
その彼らの思いは時計づくりにとどまらない。「アルパイン イーグル(アルプスのワシ)」という名称をはじめ、ワシの目の虹彩を想起させるダイアル模様や羽から着想した秒針などに象徴されているのは、ショパールが以前から熱心に取り組むアルプスの自然環境保護であり、ブランドが表明する「サステナビリティ」のメッセージに他ならない。こうした物語を知れば、いっそう時計に対して愛着が深まるに違いない。
文=菅原 茂 写真=近藤正一
(ENGINE2020年9・10月合併号)
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