3台の新型RSモデルの発表会の翌週、同じ富士スピードウェイで、今度は現行モデルの試乗会が開かれた。加えて、レーシング・ドライバーの運転するR8LMS とRS3LMSへの同乗走行も体験。アウディRSの世界を堪能した。
究極のパフォーマンスを追求するアウディRSモデルは、その一方で、普段使いしてもなんの煩わしさを感じさせることのない究極の実用車でもある。だから、公道での試乗でも十分にその全方位的なレベルの高さを知ることはできるのだが、こと走りに焦点を絞って持てる実力のすべてを知りたいと思うなら、やはりサーキットという舞台に載せるほかあるまい。しかも、スーパーGTに使われるような本格コースでなければ、とてもその飛び抜けたパワーを完全に解き放つことはできない。
今回、「アウディ・スポーツ・サーキット・テスト・ドライブ」の舞台となったのは、まさに直前の週末にスーパーGTの最終戦が行われたばかりの富士スピードウェイ。予選の日に3台の新型RSの発表が行われたのと同じ会場でのプレゼンテーションから、プログラムは始まった。
試乗車として用意されたRSモデルは5種類。R8、RS3セダン、RSQ3、TTRS、RS5スポーツバックだ。そのうち、新たに登場したRSQ3とマイナーチェンジしたRS5スポーツバックは、このたび日本に上陸したばかりのホヤホヤの新車だった。
我々に与えられた周回数は1台につき3周。インストラクターが運転する先導車の後ろに試乗車が2台ずつ連なって走る形式だ。とはいえ、インストラクターは後続車の様子を見ながらどんどん速度を上げていってくれるから、実質的にはほとんどフリーで走っているのと変わらないし、これだけのハイパフォーマンス・モデルを富士のような超高速サーキットで安全に試乗させる方法としては、このやり方は賢明だと思う。
そして、この試乗会には、もうひとつおまけがあった。試乗の合間に、アウディ・スポーツが開発したレーシング・カーであるR8LMSとRS3LMSの2台に、スーパーGTやスーパー耐久に参戦するプロ・ドライバーの運転で同乗走行体験させてもらえたのだ。
私が最初に試乗したのは、キャラミグリーンの派手なボディ・カラーを纏ったTTRS。2020年10月に国内販売が開始されたマイナーチェンジ版に加わった新色で、フロントのエア・インテークをはじめとするエクステリアのデザインが少しアグレッシブなものに変更されている。重心の低い2ドアの引き締まったボディを持つTTRSは、久しぶりに富士本コースを走る肩慣らしとして乗るには、ちょうどいい選択だったと思う。というのも、このクルマのなによりの特長は、飛び抜けて運転がし易いことにあるからだ。先代TT時代の2009年にデビューした時から、ポルシェ911カレラSをも凌駕する加速性能を誇りながら、安定感の高い極めて洗練された乗り味を持っていることがTTRSの持ち味だった。2016年に登場した3代目ではさらに洗練度を増して、普段使いもできるスポーツカーとして、非の打ち所がないものに仕上がっていた。この日乗ったマイナーチェンジ版は、それをまた一歩進めた感がある。とにかく、直線でもコーナーでも、思った通りの加速をし、自然な曲がり方をしてくれるから、走っていて気持ちいいのだ。
そして、その気持ち良さにさらに拍車をかけてくれるのが、フロントに横置きされる2リッター直5ターボ・ユニットが発する独特のサウンドだ。チューバやホルンといった金管楽器の音のようでもあり、バリトン・ヴォイスの男性歌手が朗々と歌い上げているようでもある。実はこの時、前の先導車はR8スパイダーで、これまた飛び切り気持ちのいいV10サウンドを奏で、後続のRSQ3はこちらと同じ直5ターボのバリトンを響かせていたのだが、その混ざり合う音を聞いているうちに、これはサーキットを舞台にしたマイスタージンガー、すなわちドイツのノド自慢の歌手たちによる歌合戦みたいだと思えてきたのである。
次に乗ったのはR8。やっぱり自然吸気V10は吹け上がり方もサウンドも格段に素晴らしいなあ、と思いながら走り始める。しかし、格段に凄いのは、エンジンだけではなかった。正直言って、特別に仕立てられたアルミ・スペース・フレームを使ったこのクルマの走りは、もう他のRSモデルとは別物である。アマチュア・チャンピオンの歌手たちの中に突如、プロが登場し、1曲歌ったら、発声法からして違っていたというような差がある。コーナーでの路面に吸いつくような走り方も凄かったが、直線での呆気にとられるような速さときたらどうだろう。チェッカーラインに到るまでに270km/hに達していたから、この日はそれ以上は攻めずに減速したが、そのままアクセレレーターを踏んでいたら290km/hオーバーの世界に突入していただろう。
実はこのあと、本物のプロ歌手、すなわちレーシング・カーのR8LMSに同乗試乗して、上には上がいることを思い知らされるのだが、直線だけなら、GT3カテゴリーのレギュレーションでエアの流入制限が課せられ、また巨大な羽根でダウンフォースを発生させているR8LMSより、なんとノーマルのR8の方が速いことを知っておく必要がある。
しかし、本物のプロの本物たるゆえんはそこではなく、コーナーにこそあることを、この日改めて体で思い知らされるハメになった。まだタイヤが冷えている1周目の走行では、アンダーステアが強いらしく、ステアリングを一度切り込んでから再び戻して、また切り込まなければ曲がらない感じだったのに、タイヤが温まった2周目には、それこそオン・ザ・レール感覚で路面にピタッと張りついたような状態となり、その時のGのかかり方ときたら半端じゃなかった。正直なところ、このGが何十周も続いたら、とても私の身体は持たないと思った。やっぱり本物のプロ歌手の実力はズバ抜けている。
乗った順番は入れ代わることになるが、もう一台のレーシング・カーであるRS3LSMのことも先に書いておこう。R8LMSがクワトロではなく後輪駆動に変更されているように、RS3LMSもクワトロではなく前輪駆動に変更されている。それゆえ、走行開始直後はR8LMSとは反対にリアが温まりにくくオーバーステアが出やすい。
というようなことを私が知っているのは、2019年にツインリンクもてぎで、このクルマを運転させてもらったことがあるからだ。その時はプロに十分タイヤを温めてもらってから乗ったので、こんなに乗りやすいレーシングカーはないと思うくらいに良くグリップしたし、気持ち良く曲がるクルマだと思ったのだが、今回、プロの運転に同乗してわかったのは、コーナー出口では、私が思っていた以上に向きが変わるのをしっかり我慢して待たなければ速く走れないということだった。なるほど、こうやって運転するのか。見ていて私の中に、もう一度レースに出て、運転の練習をイチからやり直したい、という思いが湧き起こった。RS3LMSはそういう思いを起こさせるような、アマチュアでも取りつきやすいレーシングカーだと思う。
さて、この2台のレーシング・カーと他のRSモデルとの違いは、まさにプロかアマチュア・チャンピオンか、すなわち、走りだけに特化しているか、それとも、あくまで実用性を重視した上でパフォーマンスをも追求しているかにあるのだろう。
その意味では、RS3セダンとRSQ3の真価は、それこそ日常生活の中での使い勝手の良さをまったく犠牲にすることなく、その気になれば富士のような本格サーキットを驚くような速さで、しかも安全に走れてしまう点にこそあるのだと思う。とにかく、4ドア・セダンや小型SUVとは思えないくらいに速い。ただし、まったく同じパワートレインを持つTTRSよりずっと安定志向が強い味付けになっているようで、ステアリングに舵角がついていると、アクセレレーターが反応しない時がある。その点が少し物足りない気もしたのだが、そのもやもやした思いを、最後にいっぺんに吹き飛ばしてくれたのが、RS5スポーツバックだった。
掛け値なしに言って、RS5スポーツバックは、見た目良し、使い勝手良し、そしてなにより走りについては飛び切り良しの、RSモデルの鑑のような傑作だと思った。まず、エンジンが素晴らしい。2.9リッターV6ツインターボは、5気筒のような独特の音もしないし、自然吸気V10のような圧倒的なパワー感もないが、とにかくどこから踏んでも速く、しかも、ターボ・エンジンとは思えないくらいに吹け上がり方が気持ちいい。サウンドだって、私は直5のハスキーな低音よりこちらのシャーンとした中音の方が好きだ。
そして、それに輪をかけて素晴らしいのはシャシーの出来映えだ。単に安定志向が強く、電子制御漬けでドライバーになにもさせないのではなく、むしろその気になればアクセレレーターの操作で積極的に向きを変えられるような味付けになっているから、クルマに運転させられているのではなく、自分が操っているという感覚を常に持つことができるのだ。こういうクルマは本当に楽しいし、今となっては希少な存在でもある。ベストRSというだけでなく、ベスト・アウディであり、私の知る限りベストな実用スポーティ・カーだと自信を持って断言したい。
文=村上 政(ENGINE編集長) 写真=神村 聖
(ENGINE2021年2・3月合併号)
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