それが、都会の真ん中に家が建っただけでなく、敷地内に車庫も確保。こうして腰越さんは、人生で初めて自分のクルマを手に入れることができた。素敵な話じゃないか。
「特に車種を想定せず、小さな駐車スペースを用意しておきました。そして子供を授かり、クルマを持つことに。仕事柄デザインは譲れません。FIAT500かスマートで悩みましたが、ショールームに飾られていた白と黒のモデルが可愛くてスマートの方を選びました。買い物や3歳の子供を公園まで乗せていくような街乗りだけでなく、親子3人で帰省する際にも活躍しています。小さいクルマですが、高速走行も楽ですよ。もちろん仕事で現場に行くのにも使います。クルマはいいですね。実は運転が好きだったんです」
16平方メートルでも狭くない
さて、4層からなるこの家の間取りは、外階段を下りた半地下が腰越さんの事務所。別の階段を上って玄関を入った1階が水回りと予備室。2階がリビング・ダイニング・キッチン。3階が寝室で、その一部が奥様の書斎スペースになっている。限られた空間を広く感じさせる工夫が随所にされているのは、やはり建築家の自邸だ。居室部の天井高は238cmと、普通の家より少し高い。窓も床から40cmの高さから始まる大きなもの。さらに建物は通りに対して30%傾けて建っているので、向かいの建物の窓と視線が合わない位置関係だ。付近には同じような高さの家が無く、窓からの眺めは視線が抜けている。そのため2、3階は16平方メートルもない空間だが狭さを感じない。
驚いたことに収納は、3階に大きいものがひとつあるだけ。引っ越しの際に本当に必要なものだけを選んで、ミニマルな生活を送っている。さらにお子さんが生まれたのを機に、コンクリート打ちっ放しの床に厚さ3cmの国産の杉材を貼った。赤ちゃんはハイハイをするので、椅子やベッドの生活を止めて床の生活をするためだ。デザイナーもののダイニングセットは、この時処分した。3階は布団を敷いて眠るので、普段は床に何もない。こうした積み重ねのおかげで、腰越さんが心配した小さな家を訪れた感じは全くなかった。
ところで、わざわざ都心のお洒落なエリアを選んで建てた家である。いったいどのように暮らしているのだろう。特に自宅の下で働くのだから、相当な長時間労働ではと想像したが大間違い。建築事務所は18時で業務終了。所員には残業を禁じている。会社勤めの奥様とは、自宅に仕事を持ち込まない約束をしているので、それ以降は家族の時間だ。仕事が忙しい時は、早朝から働くライフスタイルである。
しかも夫婦やお子さんとの生活だけではない。アクセスが良いので、実家のお父様が上京し、この家を拠点に趣味の落語を聴きに出かける事もあるのだとか。なるほど。けして大きくなくとも、拘った家ができると人生はより豊かになる。腰越邸を訪れて、そう強く感じた。
建築家:腰越耕太。1976年新潟県生まれ。神奈川大学卒業後、設計事務所勤務を経て独立。自邸は構造で無理をしないようにRC造としたが、近年は木を使用したSDGs的な建築を得意としている。写真はRC造の4階建てのビルの建て替え。1-2階は鉄骨、3-6階は木造として建物の軽量化に成功し、4割増の床面積を実現させた。2年後には15階建ての木造ビルが完成する予定。Photo : GlassEye Inc./海老原一己
文=ジョー スズキ 写真=山下亮一
(ENGINE2021年5月号)
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