2021.08.15

LIFESTYLE

ミニに乗る建築家が建てた木と石の家 家のなかに自然がある【ENGINE・ハウス】

石の産地、愛知県岡崎に建つ木造の西口邸の基礎には、なんと天然の巨石がそのまま使われている。石の上に建てられた大黒柱のなんと見事なことか。木と石の家。果たしてそのなかはどうなっているのか?

手つかずの自然に足を踏み入れたような庭

建築家である西口賢さん(45歳)の愛知県岡崎市のお宅。映画のセットか商業施設のように独創的で、「作品」と言っても過言ではないだろう。自邸でなければ実現が難しい、特別な一軒だ。

屋内の大きな木の向こうがキッチン。レンジフードは、必要な時だけ引き出す仕様。

この家で、ミニ(1996年製)が停まっているのは南側。普通であれば窓が目に入るはずだが、屋根と木々しか見えないのだから普通じゃない。門扉も無く、ミニの右手の木々の間から敷地に入ると、手つかずの自然に足を踏み入れたような雰囲気の前庭に驚かされる。もっとも人が歩く道筋には地元特産の「宇寿石」(うすいし)が敷かれ、取材チームを迎えるために水が撒かれていた。粋な茶人が「市中の山居」を目指し、都会の上品な建物にもかかわらず、その立地からは想像できない山深い雰囲気の庭を作ることがある。西口さんは自邸を「洗練された数寄屋風ではなく、現代の民家のような荒々しい雰囲気を目指した」と説明する。たしかにこの家はワイルドだ。屋根のかかった半屋外の前庭は、ゴロゴロと置かれた巨石がそのまま土台となり、そこから柱が立ち上がって屋根を支えている。この土地は以前更地だったが、岡崎は石の産地として有名で、苔がむしたまま放置されていた石を近くの採石所から運んできたそうだ。

食事用のテーブルが置かれた、野趣溢れる前庭。その向こうに玄関が。

床も天井も木材を使用したバスルームは珍しい。ダイニングテーブルは、大黒柱の余りを用いて製作。

かしこまった玄関は存在せず、気が付くと室内に入っているのも面白い。リビング・ダイニング・キッチンは、高いところで7mもある大空間。壁には外部と同じように杉の皮が貼られ、床材の仕上げも粗い。天井まで続く大黒柱は、生えていた自然木をそのまま利用したような佇まいで、その隣にあるベンチは巨石だ。ここに大窓がはめ込まれているのだから、相当な技術で施工されているのは間違いない。そして大窓の向こうには緑の庭が広がっている。さて、一体ここは屋内なのか屋外なのか。森に居るような気分でリラックスし、周囲が住宅街ということをすっかり忘れてしまった。

屋内の大きな木の向こうがキッチン。レンジフードは、必要な時だけ引き出す仕様。

玄関脇の屋内には、高さ4mほどの木が植えられており、その裏にあるキッチンの目隠しになっている。もっともキッチンのデザインも、相当に密やかだ。わざわざ玄関脇に設けたのは、前庭にも食事ができるスペースがあり、動線上そこが便利なため。常緑樹が豊かに茂っているので、屋外での食事も通行人の視線は気にならないそうだ。



西口さんが生まれ故郷の岡崎に戻ってきたのは32歳になってから。大阪の大学を卒業し関西の建築事務所で働いた後に独立する際、知人の多い岡崎を選んだ。もっとも公共交通機関の発達していない町なので、クルマは不可欠である。そこで手に入れたのが初代ミニだ。子供の頃に見たとある漫画で、主人公が乗っていたのが印象的だったという。古いデザインだが、あの形に特別な魅力を感じるそうだ。色には拘り、ベージュに近い白の一台を探した。9万キロでやってきたミニの走行距離は、もう25万キロになる。

西口さんは気に入ったモノをできるだけ長く使うのがポリシーだ。ミニもそのつもりでいたが、3年前に一度危機が訪れている。屋根の周りを走る雨よけのフレームが錆びて壊れてしまい、かなりの額を掛けて交換修理をするか手放すかの決断を迫られたのだ。相当に悩んだが、まだまだ走れるミニを手放す訳にはいかない。直して持ち続けていくことを決断し、今に至っている。

屋内なのに大きな木が植わっているうえ、壁面は杉の皮が貼られているので、屋内なのに屋外のような雰囲気のリビング・ダイニング。自然木に見える大黒柱は、神社仏閣を専門とする材木屋から仕入れた。その右手が玄関。さらに右がキッチン。



理想の住宅を具現化

ミニがつなぐ縁もあった。ミニはエンジン、ドアとトランク、給油用と3種類の鍵がある特殊な形式である。とある喫茶店に入ったところ、テーブルの上に見慣れたミニの鍵が置いてあり、何故自分の鍵が……と驚いたところ、鍵の持ち主はなんと地元の若い建築家。古いミニに乗る二人は意気投合し、一時期は事務所をシェアするなどユニットとしての建築活動も行った。

そもそも西口邸は、両親と暮らすために建てられたものである。土地は11年ほど前に手に入れていたが、満足いく設計ができ上るまで7年の歳月がかかった。自分が本当に作りたい建築を模索し、ようやく実現できたのがこの自邸である。なかでも庭は重要な要素だ。若いが才能のある作庭家の西村直樹氏と出会い、西口さんの建築スタイルは完成した。植物が豊かな自邸ゆえ夏の水やりは時間がかかるが、そうした手間も楽しみのひとつ。見た目だけでなく暮らしてもエコな住宅で、庭の中央にある落葉樹が夏の太陽を遮り冬は日差しを取り込むため、たった一台のエアコンで浴室なども含めた家じゅうの冷暖房が賄えるという。

ベッドのある西口さんの寝室は、事務所である内の間3の上の空間(平面図には無い)。個室スペースはミニマムだが、贅沢に共用スペースをとっているうえ視線が抜けているので、面積以上に広さを感じる。家の北側の作りは、南側と大きく異なる。





3年前にこの家が完成し、西口さんの仕事場は自宅となった。2階の事務所スペースだけでなく、家の色々な場所で仕事ができるのも気分転換になるそうだ。さらに大きな変化が。この家が権威ある専門誌の表紙に選ばれ、西口さんも地方のいち建築家から注目の若手建築家の一人となったのだ。家族のために独創的な家を建て、それを契機に飛躍した建築家は歴史上数多い。西口邸の場合も、ご両親は希望などを口にせず、全て息子さんに任せて応援している。もっともお母様は「本当はオープン・シェルフの食器類も、気の利いたものに変えられればよかったんですが」と少し残念そうだ。筆者は「そんなことありませんよ。これだけ素晴らしい家が完成したのですから十分でしょう」と返したが、「これほどの建築を設計した息子さんは誇りですね」と、その時言えなかったのを今も後悔している。



西口賢。1975年、愛知県岡崎市生まれ。近畿大学卒業後、長瀬信博の建築事務所を経て独立。今回紹介した自邸「大地の家」で、全国区の建築家に。作庭を前面に押し出した、荒々しい自然とち密な設計の共存が特徴で、腕の良い地元の工務店がそれを支えている。これまで手掛けた建築は全て愛知県内。写真は、自邸完成前に手掛けた、コンクリートを使った洞窟のような原始的な住宅。
建築家:西口賢。1975年、愛知県岡崎市生まれ。近畿大学卒業後、長瀬信博の建築事務所を経て独立。今回紹介した自邸「大地の家」で、全国区の建築家に。作庭を前面に押し出した、荒々しい自然とち密な設計の共存が特徴で、腕の良い地元の工務店がそれを支えている。これまで手掛けた建築は全て愛知県内。写真は、自邸完成前に手掛けた、コンクリートを使った洞窟のような原始的な住宅。

文=ジョー スズキ 写真=山下亮一


(ENGINE2021年7月号)

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