2023.01.28

LIFESTYLE

部屋から部屋への移動は橋で? 「凄い家をつくりたい!」という施主の要望に応えた建築家の非現実感いっぱいのプランとは

2013年、竣工時の写真。左右の棟の間は12m!

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ファンタジーだけどリアル

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「求めていた家は、対照的な二つの要素がある家でした。例えばデザインにはとことん拘っているけれど、住みやすくメンテナンスしやすい、とか。栗原さんたちの建築は、ファンタジーだけどリアルを感じさせるのが特徴。自分たちが住みたい家の個性を最初から持っていたんです」

さて、建築家の栗原さんがこの場所を訪れて最初に感じたのは、暗いこと。高い建物に挟まれ、奥に細い土地なのだ。そこで木を植えて森のようにし、木々が光を反射することで明るい雰囲気にしようというのが最初の案だった。この面白そうな提案に可能性を感じたYさんは「もっと凄い提案ができるのでは」と発破をかけ、出てきたのが現在の家の原案。敷地の両端に小さな2つの棟を設け、それを橋で結ぶプランだ。階段でいちいち地面に降りて移動するより、橋で結ぶことで「より自由に」行き来ができると建築家は考えた。

もっとも栗原さんの改定案は、橋を下から柱で支えるもの。家の中に橋があるプランを了承するだけでも挑戦的だが、なんとYさんは「柱をなくしてほしい」とお願いする。建築家が検討した結果、橋をカーブした形にし、少し傾けることで、柱がなくても重さに耐えられることが判明。鉄工所での実験で数人が乗れることを確認し、2つの棟に橋がかかった家が誕生したのである。もっとも橋は、人が渡ると少々揺れる。華奢な手摺が付いただけなので、渡る人は慎重になり、めったなことで落ちたりはしない。それどころか木々の上を歩くので飛んでいるような感覚になり、恐怖よりも楽しさを感じるものだ。



北側の三階建ての母屋と、道路に面した南側の3階分の高さのある四面ガラス張りの建物は、どちらも敷地幅いっぱいに建っている。そのうえ北に向かって1mほど上がった土地なので、どの階にも橋が繋がる、巨大なスキップフロアーのような構造だ。

普段生活する母屋は、建築面積25m2の小さな建物。1階はダイニング・キッチンとソファ・スペースにトイレ。庭に面した、窓のある大きな扉は観音開きで、自由に出入りができ、玄関は設けていない。二階は夫婦の寝室と水回り。3階はお嬢さんの部屋になっている。

一方、ガラス棟は、来客を招くリビングであり、バレエをやっているお嬢さんの練習スペースだ。大きな鏡と練習用のバーが備え付けてある。この建物構成は、普段生活している家の中に来客を招かなくて済むので便利だ。しかも通りから母屋まで距離があるうえ庭の木々のお蔭で、中まで覗かれる心配はない。

逆に母屋の1階は、世間と隔絶された森の中で生活しているような雰囲気で、本当に気持ちがいい。また、来客がガラス棟に行くには、庭の奥まで入って母屋手前で折り返し、橋を渡るようになっている。これがかなり楽しい。ちょっとしたアトラクションのようだ。しかも歩く距離が長いので、とてつもなく大きな家と感じるのである。



住まい手が語るもの

昔この場所に建っていたのは古い民家。お婆さんがやってくる猫に、餌をあげていた家だ。それがスーパーモダンな家に代わっても、猫たちは引き続き餌を求めて訪れる。 

そんな猫とはもちろん、Yさんは隣人たちと気さくに交流を行っている。近所の方々を招いて、庭でBBQをしたこともあった。また、県を挙げてのアートイベントで、自宅を見学スポットとして公開したり、ガラス棟で展覧会を催したりと、Y邸ならではの地域貢献も行った。もっともこうした活動も、コロナへの対応とお嬢さんのバレエを全面的に応援するため、ここしばらくは封印している。

以前バレエをやっていた奥様も含め、仕事柄華やかな世界に身を置いていたYさん夫妻。見る人が驚くほどの個性があるこの家は、2人の豊かな感性が、若き建築家の才能と結びついて生まれたものだ。まさにクリエイティブな半生を送ってきたYさん夫妻の、名刺のような存在なのである。

文=ジョー スズキ 写真=田村浩章


■建築家:栗原健太郎、岩月美穂。ともに1977年生まれ。両氏とも大学卒業後に建築家・石上純也の事務所を経て独立し、studio velocityを立ち上げる。活動拠点は、東京よりも顧客を見つけやすいのではと、岩月の故郷である岡崎を選ぶ。ファンタジーを感じさせる意匠、白い色の壁などの外見に加え、実用性と新しい時代への提案が盛り込まれた建築が特徴。昨年、独立から2020年までの44作品を紹介した作品集が出版された。

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(ENGINE2023年1月号)

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