2023.09.26

CARS

まさに走る司令塔! F1のセーフティ・カーってどんな仕事をしているのか? 24年目のベテランに訊いてみた

F1GPウィークにはサーキットの内外で様々なプログラムが開催されているが、その中に一般人がサーキット走行を体験できるピレリ・ホットラップというものがある。これは2018年から世界の各GPで行われているプログラムで、レーシング・ドライバーが運転する各社が提供するスーパーカーの助手席で同乗走行をできるというものだ。

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アストン・マーティンでF1の鈴鹿を1周

幸運にもその中の1枠として「アストン・マーティン・ヴァンテージF1エディション」の助手席に乗ることができた。そのドライバーを務めるのはベルント・マイランダーさん。1995年からDTM(ドイツ・ツーリングカー選手権)、ITC(国際ツーリングカー選手権)、さらに1997年にはAMGメルセデス・ワークスの一員としてFIA・GT選手権に出場。そして2000年からはオリヴァー・ギャビン氏の後継として、F1のセーフティ・カーのドライブを担当している人物である。



F1本番の雰囲気は独特

金曜のFP1(フリー走行1)が終わったばかりのホームストレートに誘われ、ヘルメットを被りヴァンテージF1エディションに乗り込む。これまで個人的に何度も鈴鹿でレースをしたことはあるものの、各スタンドに多くの観客が集まり、カラフルな看板が並ぶF1本番の雰囲気は独特のものだ。

「気にせず思いっきり走ってください」

と言う私の言葉にマイレンダーさんはサムアップして勢いよく走り始めた。ウォームアップしてタイヤを温めたあとだということもあり、1コーナーから全開。とはいえ挙動が乱れたり、盛大なスキール音が上がることはない。そこはヴァンテージF1エディションのシャシー性能と、ピレリPゼロのグリップ力の高さの賜物といえるだろう。そして2コーナーを立ち上がったとき、マイレンダーさんがこう言ってきた。

「ごめん、これは右ハンドルだった! 普段乗ってるセーフティ・カーが左ハンドルなので、つい左寄りのラインで走ってしまった」

というものの、少しアウト寄りという程度。以降はメリハリを効かせながら、スムーズかつアグレッシブに鈴鹿のフルコースを攻めて見せてくれた。



セーフティ・カーのドライブはシビア

その後、改めてアストン・マーティン・アラムコ・コグニザント・フォーミュラ・ワンのモーターホームでマイランダーさんにインタビューする機会を得た。

「ホットラップの時はごめん。右と左ではドライビングスタイルを少し変える必要があった。特にこの鈴鹿のような難しいコースではね。そのくらいセーフティ・カーのドライブはシビアなんだ」

そこでまずはセーフティ・カーでも使っているヴァンテージF1エディションについて聞いてみた。

「セーフティ・カーではサスペンションが少し違うだけで、エンジン、ブレーキなどはまったく同じ。素晴らしいドライバーズ・カーだよ。私も少しだけジェームズ・ボンドに似てきた気がする(笑)。それはともかく、ドライ・コンディションでもウエット・コンディションでも常にフィーリングがいいというのは、クルマにとって非常に重要なことなんだ。速さだけでなく、ドライバビリティやそのほかのことの方がより重要。そういう意味でもヴァンテージF1エディション、そしてPゼロには満足しているよ」



飛行機のコクピットみたいなもの

では、F1のセーフティ・カーのドライバーとは、どういう仕事なのだろう。

「レース・ディレクターから直接、指示やすべての情報がセーフティ・カーに伝えられる。それをすべて正しく理解することが重要なんだ。決定を下すのはレース・ディレクターだ。私ではない。ときには非常に短い指示もあるからね。それが正しいかどうかを分析しなければならない。そのためにコ・ドライバーも一緒なんだ。彼はただ座っているだけじゃない。いわば飛行機のコクピットみたいなものだよ。1人が飛行機を操縦し、もう1人が話を聞き、正しく判断することでうまくいく」

そう言うとマイレンダーさんはこんな例を挙げてくれた。

「例えばウェット・レースのとき、私はドライバーの立場から雨の量や路面の状況を報告することはできる。でもレース・コントロールは私やすべてのドライバー、すべてのチーム・マネジャーの意見も聞いて判断を下す。先頭を走るドライバーには問題なくても、10台目、20台目のドライバーはまったく前が見えないと言うのはあり得るからね。だから皆の意見を聞いて、全員の安全を守らなければならない。そのために適切な情報を上げる義務がある」

またレースの内容、規模によってマイランダーさんの役目、負担の度合いも変わってくると言う。

「セーフティ・カー、メディカル・カーはそれぞれ2台ずつ用意されているのがなぜか知ってるかい? スペアのため? 確かにその1面もあるけど。ヨーロッパなどではF2、F3、ポルシェ・スーパーカップのようなほかのカテゴリーもカバーしているからね。ほかの選手権用に1台用意しておけば、やりくりが楽になる。仮にパンクしたらその場で交換するわけにもいかないし、長時間のセーフティ・カー・ランで燃料切れを起こす可能性だってある。メディカル・カーなら尚更だよ。その点、日本GPで担当するのはF1(ほかのレースは鈴鹿のセーフティ・カーが対応)だけだから、ほかのグランプリに比べ我々の仕事はイージーだね」



2つのカメラで常にコースを監視

続いてマイランダーさんの案内で、セーフティ・カー、メディカル・カーを実際に見せていただいた。両車とも昨年からGP毎にメルセデスAMG、アストン・マーティンが使い分けてられているが、今年の鈴鹿はアストン・マーティンの担当となっている。

「まずはセーフティ・カーのヴァンテージから。日本に来ているのは2号車と3号車。1号車はイギリスのガレージに置いてある。特徴的なのはルーフの上でイエローフラッグやグリーンフラッグを表示するライトバーだね。さらに様々な状況を把握するためにカメラが上に2つ、前に1つ、後ろに1つ、車内に2つ付き常にモニターされているんだ」



必要な装備がぎっしり

そう言ってドアを開けると、ロールケージこそ入っていないものの、助手席には様々なモニター、そしてセンターコンソールには大きなスイッチボックスが備えられているのが見えた。

「真ん中は無線や照明システムのボタンでドライバーも、コ・ドライバーも押せるようになっている。さらに助手席にあるモニターは左がレースの中継映像、右が誰がコース上のどこを走っているのかを示すGPS画像を表示している。そうして全体像を把握しないと早い対応ができないからね。この2つのモニターの上にあるのはバックモニターだ」

さらにリアのラゲッジスペースを開けると、そこには無線LAN、ワイヤレスシステム、マーシャリングシステム、ブラックボックスなどセーフティ・カーの機能を司る様々な電子機器がびっしりと詰め込まれていた。まさに走る司令塔といった雰囲気である。

一方、メディカル・カーを務める「DBX707」も一見ノーマル然としながらも、シートはフルバケットに変えられた上で、前席にはヴァンテージと同じスイッチボックスとモニター、後席には体を支える巨大なバーや消化器を装備。さらにリア・ゲートを開けると救命に必要な各種装備がぎっしりと詰め込まれているのが見えた。



この鈴鹿GPで448戦目

「50年前の週末。F1カナダGPで初めてセーフティ・カーが正式に導入されたんだ。でもまだ本格的なものではなく、しばらくの間セーフティ・カーは姿を消した。そして1993年から公式に導入が開始され、30年に渡りレースを支えてきた。僕にとって今年は24シーズン目。この鈴鹿で448戦目になる。これは多くの経験が必要な仕事なんだ。自分の運転のうまさを世間にアピールするためにいるんじゃない。私にとってレースの時間は終わった。今は皆の安全を守ることに集中している。この鈴鹿も無事に終わると良いね。日本のファンは礼儀正しく本当に素晴らしいからね。そしてもう1つ重要なのは、私が日本を走った頃からの最古のファンクラブがあることだ。あとで挨拶に行くつもりだよ!」



文=藤原よしお 写真=藤原よしお、Aston Martin Aramco Cognizant Formula One、Aston Martin Lagonda Limited

(ENGINE WEBオリジナル)

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