シンガー・ヴィークル・デザイン社が手がけたレストモッド車両「ポルシェ911リイマジンド・バイ・シンガー」に南カリフォルニアのマリブ周辺で大谷達也が試乗した!
リアリティと洗練さのバランス
路面のザラついた感触がステアリング・ホイールやシートから克明に伝わってくる。裏を返せばロード・インフォメーションが潤沢ということで、スポーツカーを操っているリアリティをこの上ないくらい堪能できる。

南カリフォルニアのマリブ周辺で乗り始めて最初に感じたのが、このことだった。ちなみにレストモッドとは、レストアとモディファイを掛け合わせた言葉であり、クラシック・カーやビンテージ・カーを修復したうえで、最新の技術を投じて現代風にアレンジした車両のことを指す。
ポルシェ911のなかでも1989年から1993年までに生産されたタイプ964のみを扱うシンガーは、独自のカスタマイズを通じてポルシェ911の魅力を伝えるレストモッド・ショップで、1年に100〜200台もの「ポルシェ911リイマジンド・バイ・シンガー」を世に送り出している。

現在、彼らはクラシック、クラシック・ターボ、DLS、DLSターボという4つのサービスを用意しているが、私がマリブで乗ったのは、このうちのクラシック・ターボというサービスを施したポルシェ911の一例だった。
冒頭に述べた“リアリティ”は最新のポルシェ911GT3でも感じられることだが、近年のGT3はかなりハードな乗り心地でありながら、それを不快と思わせない洗練さを持ち合わせているところに最大の特徴があるといっていい。そうしたリアリティと洗練さの絶妙なバランスは、ややタイプが異なるものの、私が試乗したクラシック・ターボからも存分に感じられた。いや、それが最大の魅力といってもいいくらいだ。
たしかに路面からのバイブレーションはダイレクトに伝わってくるし、段差を乗り越えた際のショックもはっきりと感じられる。それでも、強固なボディとシンガーが生み出したサスペンション・セットアップが一種のフィルターとなって、不快な成分をすべて取り除いてくれるように思える。つまり、ハードなサスペンションのメリットだけが得られて、デメリットはほとんど感じられないのだ。

おかげで試乗当日は撮影を含めて6時間近く運転席に腰掛けていたが、それでもまったく疲労は残らなかった。これぞ“シンガー・マジック”というべきものかもしれない。
「フジ・コミッションと名付けられたこの個体にはトラック・シート(バケット・シート)が装備されているので、乗り心地はかなりスポーティだったことでしょう。これよりラグジュアリーなシートも用意しているので、そちらに換えるだけでも印象はずいぶん変わるはずです」

試乗の合間に立ち話をしたシンガーのマゼン・ファワズはそう語った。
「極端な話、『もっと乗りやすいクルマにして欲しい』とお客様が望むなら、そうすることも技術的には可能です。ただし、そんなレストモッド車両をわざわざ作るくらいなら、最新のモデルに乗ったほうがいい。でも、新しいクルマは運転が簡単すぎて誰にでも乗れるので、あまり関心を持てないというのが私にとっては悩みどころなのです」

ファウズはシンガーのレストレーションサービスにおける開発に深く関わっており、彼の感性と技術的知見がポルシェ911リイマジンド・バイ・シンガーのドライビング・ダイナミクスに色濃く反映されているという。

このシンガー・ヴィークル・デザイン社の手がけた車両のさらなる詳細と試乗記は後篇にて。
【後篇を読む】ポルシェ911のレストモッド、シンガーのクラシック・ターボに乗る文=大谷達也 写真=シンガー・ヴィークル・デザイン社
(ENGINE Webオリジナル)