静かな森の中に建つ母屋とそこから眺めることができるガレージ。ここは、緑あふれる空間やそこを通る風、そこからの眺望を活かしたフルタイム勤務を卒業したあとの自分の時間を有意義に使う場所だ。
絵ではなく言葉で
「気持ちがいい」というのは、まさにこのことを言うのだろう。青々と茂った森の中の傾斜地にポツンと現れた母屋と離れ。その間を駆け抜ける爽やかな高原の風に吹かれ暫し眺めていると、建物の外観、敷地内の距離、レイアウト、そして色味や景色などすべてが絶妙で、見事なハーモニーを奏でているのに気がつく。


しかしながら、この2棟は同時に建てられたものではない。小高い丘の上に建つ母屋ができたのは2014年。その下にガレージとホビールームを併設した離れができたのは2021年のことだ。まず母屋を建てた経緯を施主のKさんはこう話す。
「別荘を建てようと、もともとは海のそばで目の前に電線もないような場所を探していました。ところが東日本大震災がきた。そこで海から山に路線変更したんです。その後、土地を探して2回目くらいだったかな? まだ空き地だったのですが、見に来たのが3月で遠くに銀嶺がみえた。それでここしかないと決めたんです」
そこから何人かの建築家を紹介してもらうなかで出会ったのが、セルスペースの早草睦惠さんだった。
「“こんな建物を作ってきました”というプレゼンは二番煎じでつまらない。そんななか、早草さんの答えは“ご希望を聞いてから考えてつくります”というものだった。これは面白いと思い、お願いすることにしました。その後、東京の自宅で我々の生活のスタイルを見てもらって、出来上がってきたのが考え方を示す言葉と建築の提案だったんです」


今も残る資料には「五感で自然の豊かさを体験する場所をつくる」というメインコンセプトとともに、Kさんとのディスカッションの上で抽出したいくつかの要素やフレーズが列記されていた。その意図を早草さんはこう説明する。
「自然とつながる建築。そして住む方が豊かになる、そういう環境を作りたいというのがベースです。そこに住む方の価値観を反映する。この場所は冬になると遠くに山並みが見え、西陽が当たると綺麗だと気に入られたということなので、長い敷地の対角線上に母屋を置いて奥の方が良く見えるように設計しました。その際、なるべく木を残して気持ちのいい風が通るようにも注意しました」
もう1つ面白いのは、濃いグレーの外観やアルミパネルなど自然の中にありながら建物が硬質な雰囲気でまとめ上げられていることだ。
「Kさんとのお話のなかで、別荘っぽくしたくない。ウッディなものはあまり好きじゃない。金属的な硬質な感じがいい、ということでしたのでメンテナンスを優先して外板はガルバリウム鋼板にしました」


一方でよく見ていくと、硬質でありながらも自然に調和するディテールが、あちこちに隠されている。
「母屋は下がRCで上が木造。離れも木造になっています。ただRCの部分は少し柔らかい感じにしたくて、“杉板打ちっぱなし(コンクリートを打つ時の型を杉板にして、その模様を転写する)”にしています。あと建物の壁や天井にアルミパネルを貼ることで、森の緑が反射して、ぱっと緑色に明るくなるようにしています」
個性的でスタイリッシュな建物なのに、風景の中で浮くことなく馴染んで見えるのは、そうした配慮があってのことなのだ。