程よい距離感
ではガレージ兼ホビースペースの離れを後から増築したのは、どういう理由があったのだろう?
「60歳になったらフルタイム勤務をやめて好きなことをしようと。そのつもりで“セブンイレブン”ってくらいに、朝から晩まで土日もなくずっと働いてきました。それを実現するために40代の後半から別荘を考え始めていたのですが、50歳の時にとある先輩に“60歳になってから好きなことを始めるのじゃ、つまらないよ。
今から1年に1つずつトライして少しずつ準備した方がいい。10年続けたら、そのうちの3つか4つ好きなことが残るんじゃない?”とアドバイスをもらいまして。50代から少しずつ準備していたんです」
そこでまずKさんが始めたのがバイク趣味で、2輪の大型免許を取得してハーレーを手に入れた。「子供の時にできなかったり、途中で諦めたものから始めようと。それでバイクに乗ったり、プラモデルを買い集めたり……」
そのなかの1つが自動車。それもポルシェだった。
「学生時代から日産スカイラインを乗り継いで、留学から戻ってきてからはメルセデス・ベンツやBMWを乗り継いできました。ポルシェを欲しいと思ったきっかけは、映画『トップガン』。教官のチャーリーが乗っていた黒い356スピードスターですね。これいいな、いつか欲しいなと30代から思っていました」

Kさんが初めて手に入れたポルシェは997。ちなみに建物の外壁のグレーは、当時乗っていた997のボディカラーにインスパイアされて、早草さんが決めたものだそうだ。
「別荘を建てて間もない2015年の手帳をみると“ポルシェを置く、バイクを置く。デッキがあって……”と構想が書いてあるから、その頃から考えていたんだと思います。そして2017年の東京モーターショーに行った時、ポルシェのブースにこれがあったんです」
と、Kさんが見せてくれたのは、携帯電話に保存してある白い356スピードスターの写真だった。
「その時、トップガンは黒だったけど“いつかはこれだ!”って思ったんです。ただ妻からクルマを買うならバイクは止めてと言われたので、早草さんに旧いポルシェの寸法を前提にガレージの設計をしてもらうことにしたんです」
その時のことを早草さんはこう振り返る。
「敷地が広く高低差もあるから車路をどうするか?とか、クルマへの愛情というか、住まいとクルマの距離感をどうするかを検討した結果、もともとお庭で空いていた真ん中にギャラリーのように作り、そして広い森のなかにクルマがあるように大きなガラス窓でクルマを挟むような提案をしたのです。母屋からクルマが見えるけれども、母屋からの自然の眺望を阻害しないことも大切なので、母屋の窓越しにどう見えるかをコンピュータでかなりシミュレーションしました」

ちょうど建設時期がコロナ禍と重なったこともあり、ガレージの後ろに息子さんたちのためにキャンプサイトも作る案が浮上したことで、離れの脇に洗い場付きのバーベキューテラスも設定。さらに建設当初クルマが通れるように開けてあった母屋の通り抜けのスペースを活用して敷地全体が散策路になるよう、石垣や植栽も再整備したり、ガレージに繋がるアプローチに切り返しのスペースを設けるなど、敷地全般の見直しも図られている。


「10年弱の隔たりがあるけど母屋との連続性を大事に、敷地の等高線にあわせるように建ててあります。最初は母屋と離れを屋根で繋ぐ案もあったけど、そうするとクルマが見えなくなる。結果的に離れているという距離感がよかったと思います」
確かに母屋から十数歩しか離れていないにもかかわらず、高低差があるため離れは別荘内別荘のような、また違った空間を味わえる。
しかもガレージ部分には黒っぽく色を入れた“豆砂利洗い出し”を床に用いてタイヤ跡を付きにくくしたり、大容量のストレージと共に常時稼働の除湿機を見えないように設置したり、アプローチにパーミアコンという浸透性舗装を使ったりと、ヒストリックカーに優しい十分以上の配慮がなされているほか、併設されているホビールームも、程よい広さと明るさ、そして模型作りに必須の換気も含め、じっくりと作業に集中できる環境が整えられていた。
離れが完成したのは2021年だが、356の方はなかなか理想的な個体に巡り会えず、T5ボディを持つ1960年型の356Bロードスターが収まったのは、その1年後のことだった。

しかしながら妥協をせず探しただけあって、リアに積まれた616/1型空冷フラット4ユニットを含めたオリジナリティは非常に高く、内外装のコンディションも抜群に良い。「スピードスターは格好いいんだけど、ウインドウが低くて頭が出ちゃうし、雨も大変。そう言う意味でBのロードスターが良かった。このあたりは湿気も少ないので、除湿機もフル稼働にはならないですよ」