現代のデートカーって?
村上 さて、デートカーというワードが1980年代にはあって、プレリュードはその代表と言ってもいいクルマだと思います。デートカーという言葉についてはどうお考えですか?
齋藤 開発のなかでプレリュードという名前を継ごうとなったときにデートカーとは? という論議になりました。現代的な解釈でデートってなんだろう? と。
荒井 おー!
村上 デートカー論議したんですね。
齋藤 昭和のデートカーで言うと、そのクルマに乗っていると女の子が振り向いてくれる。
村上 間違いなかったです!

齋藤 では、いまはどうなんだと言うと、お父さんと娘、あるいはお母さんと息子がクルマで出掛けたりする。それもデートなんじゃないかと。いろいろなシーン、いろいろなお客様のデートに応えるクルマを目指そうということになりました。
村上 なるほど。そこは新しいですね。
齋藤 “おもてなし”という気持ちで言いますと、運転席と助手席をそれぞれ作り分けています。特別な誰かに座ってもらうことを想像すると、ホールド性の高さがすべてではない。ですから、助手席のシートは座り心地や乗降性に配慮しました。
村上 スポーツ・モデルをハイブリッドで出そうと思ったのはなぜですか? ホンダにはシビック・タイプRがあります。
山上 やはり世界がカーボン・ニュートラルに向かっているということはあります。BEVという方向に世界が舵を切ったのがちょうどこのクルマの開発が始まった時期でした。ですから、正直ハイブリッドでいいのか? という思いもありました。
ただ、BEVだろうがFCEVだろうがハイブリッドだろうが、ようするに低炭素が実現できればいいわけです。ホンダには高出力でフレキシビリティの高いハイブリッドシステムがありますので、これを更に進化させて搭載することにしました。ハイブリッド・モデルはBEVに比べて軽く作れるんです。

今回はスポーツカーに相応しく、バッテリーをリア・シートの下に置き、マスを中央の低いところに集めています。またエンジンの音といったエモーショナルな部分もあって、BEVでは実現できない良さが今回のプレリュードにはあります。シビック・タイプRのようなサーキットを前提としたモデルはすでにありますので、それとは違った未来へ繋がる技術を具現化したいという思いもありました。ハイブリッドという選択は間違っていなかったと思います。
荒井 シビック・タイプRとは違ったスポーツカーということですね。
山上 私たちがやりたかったのは、BEVの走りやガソリン車の走りという手段手法ではなく、“どこまでも行きたくなる気持ちよさ”と“非日常のときめき”というものでした。そこをめがけてどんな技術を味付けしていくか。
それはモーターで走っているけれどそう感じさせないとか、気が付いたらまるでグライダーで滑空しているようにコースティングしているとか、そういうものを実現したかった。とにかく、クルマから降りて“なんか、気持ちよかったなあ”と呟いていただく。そういう思いで開発しました。
コンセプトは空を飛ぶグライダー
村上 そのグライダーが滑空するようなイメージというのは、どなたが言い出したんですか?
山上 私です。子供の頃にラジコンのグライダーを飛ばしたりしていました。そういうことがヒントになったのかもしれません。
齋藤 グライダーというワードが出てくるまでのスケッチはジェット戦闘機みたいなものやミッドシップみたいなもの、さらには昔のプレリュードよりもっとボンネットが低いものなど、いろいろあったんです。でも、山上がグライダーの話をしてから、理にかなった機能美のデザインという方向にシフトしていきました。
山上 デザインとダイナミクスを寄せていくイメージは何か? を考えました。グライダーって人中心の考えなんです。人の重心に対して必要な設計がされていく。そこはホンダのMM思想(マン・マキシマム/メカ・ミニマム)にも通じている。実際にグライダーに乗って舵を握りましたけれど、本当に余計なものがないんです。
クルマ作りも贅沢を言い出したらキリがないんですけど、そうじゃないんだというヒントになりました。デザイン、ダイナミクス、サステナビリティなど全部まとめることができるというのが、グライダーというヒントだったのです。
村上 齋藤さん、エンジニアリング的な部分では脚には相当こだわっていますよね。
齋藤 とても(笑)。
村上 シビック・タイプRの脚を移植したという話題が盛り上がっていましたけれど、乗ってみるとすごくしなやかな大人の乗り味でした。
齋藤 シビック・タイプRの脚はサーキットでタイムを出すためのポテンシャルを持っています。サスペンション・ジオメトリの自由度が高いタイプRの脚はプレリュードのセッティングにとてもマッチしていました。キャスター角やキャンバーなどの細かい話はここでは割愛しますが、コーナリングで舵を切り増していっても接地感がしっかりとある。それはタイプRの脚があってこそです。
村上 確かにそう感じました。
山上 シビック・タイプRとはフィールドが違うだけで、4輪をどんなシーンでも接地させるということは同じなんです。
荒井 お話を聞いていて開発の中心が人なんだということがひしひしと伝わってきました。タイプRはやっぱりタイムの追求ということがあると思うんですけど、プレリュードは乗った人を気持ちよくするということが中心になっている。プレリュードは運転が上手いと思わせてくれるクルマなんじゃないかとお話を聞いて思いました。
山上 “どこまでも行きたくなる”クルマですし“非日常”を感じていただける仕掛けがたくさんあるので、長い時間をかけて味わっていただきたいです。
■山上智行(やまがみ・ともゆき)/ホンダ・プレリュード開発責任者
本田技研工業株式会社 LPLチーフエンジニア

1969年群馬県生まれ。1998年に入社。騒音振動領域の開発担当を経て2009年、9代目にあたるUSアコードのプロジェクト・リーダーを務める。2016年には11代目シビック車体研究責任者、2022年には11代目シビックの開発責任者を務めるとともに、同年6代目プレリュードの開発責任者となった。趣味はクルマ、模型、料理などのものづくり。「運転席からドア・ミラーに映るリア・フェンダーを見るのが好きです」
■齋藤智史(さいとう・さとし)/ホンダ・プレリュード車体設計責任者
本田技研工業株式会社 チーフエンジニア

1978年神奈川県生まれ。2001年入社。N-BOXや2代目NSXのボディ設計を経て、10代目シビックのボディ設計チーフを務める。11代目シビックの車体設計責任者を務め、6代目プレリュードの車体設計責任者となった。6代目プレリュードでは商品の具体的仕様や装備の立案と調整、事業性のマネジメントなどを担当した。「リアの流れるようなラインが大好きです」
話す人=山上智行さん+齋藤智史さん(ホンダ)+村上 政(ENGINE編集長)+荒井寿彦(まとめも) 写真=望月浩彦
(ENGINE2025年11月号)