2026.08.30

CARS

勝手に来るのか、それとも家主が呼ぶのか フィアット500がどんどん増える不思議な高桑一家の自動車爆笑騒動記

これまで同じ世代と同じ車種を所有するオーナーを何人か見てきたけれど、ここまで似たモデルを揃えているのはかなりレア、しかも4人で3台と数も合わないし(笑)。なぜこのようなことになってしまったのか? その理由を張本人に直接説明してもらおう。

早いもので1974年型のアルファ・ロメオGT1600ジュニアを買ってから28年が経った。そのため、筆者である私、高桑秀典は趣味車コミュニティ内ですっかりアルファ好きとして認識されている。

家の中で保管している水色号は国光に引き継ぐが、まだAT限定免許しか取得していないので先のことになりそうだ。

その一方で、ふと気づけばフィアット・ライフも長く、こちらはトータルで21年になった。

2011年に1台目の500となった前期型の500Cを新車で迎え入れる前にオレンジ色のムルティプラに乗っていた。このイタリアン6人乗りピープルムーバーは2005年に購入したものだ。

2003年に娘、2006年に息子が生まれた高桑家でムルティプラはファミリーカーとして大活躍。しかし、7万5000kmを走破した頃からトラブルが頻発。以前から気になっていた500Cに乗りかえることにしたのだ。

子育て中にもかかわらず小さいクルマにしたのは、子どもたちをリアシートに押し込んでしまえば勝手に乗り降りできないため安全だと考えたから。実際に駐車場などでヒヤッとするシーンは皆無だった。

4気筒500 Cとの生活も15年になった。走行距離が9万9500kmを超えたあたりからリバースに入れたときの反応が鈍くなったので2024年1月の車検時にデュアロジックをアッセンブリー交換した。限定車用の白ホイールは2号車が装着していたモノで、前オーナーがディーラーに頼んで獲得した逸品だ。

その後、子どもたちの成長に合わせ、500Cを残しつつ、Eクラス・セダンとオールロード・クワトロという2台のドイツ車を所有する。しかし、やはりイタリア車の方がしっくりくるということで、ともに廃車になるまで乗ったものの、ドイツ車とはそこで縁を切ることにした(笑)。

子どもは大きくなると友人たちと旅行を楽しむようになるのが世の常で、高桑家もフル乗車で移動する機会が数年前からほぼ無くなる。そのため、旧いアルファ・ロメオと500Cの2台体制で十分という状況になり、ドイツ車用に敷地内に開拓した駐車スペースが空いた。そこで筆者自身にヘンなスイッチが入ってしまったのか、周りがそう仕向けてきたのか、500たちが勝手に集まってきたわけではないので同気相求ということではないが、それに近い現象が起き始めたのだ。

3号車まである現状に対し、彩華は「なぜ同じクルマばかり」と嘆き、国光は「乗れるクルマがあってウレシイ」と話す。

2台目として高桑家に来たのは、2016年の後期型500ツインエア・ポップ。オーナーが以前からの知り合いで、彼が新車で購入したもので、素性がいいことを知っていた。

彼は500にずっと乗るものだと思っていたが、高齢になってきたので日本車に乗りかえることにしたというではないか。ただ、大切にしてきたので、できれば下取りや買い取り専門店に出すのではなく、クルマ好きに愛車を引き継いでほしいと考えていたのだ。

誰かいるかなぁ~と探そうか行動しようかと思ったものの、後期型の500は所有していないからオレが買うか! という結論に数秒で達してしまい、2023年に個人売買で譲ってもらうことにした。

フィアット500は2016年に後期型になったが、2号車は後期型の初期モデルでヘッドライトがプロジェクター式となる。前期型よりも明らかにボディ剛性が高く、テレビも観られるので、ここ最近、遠方取材時の足として使っている。燃費をよくするために155/65R14サイズの細いタイヤにしている。

外装色は1台目と同じ白で、変速機も同じデュアロジックなので、500Cを1号車、500ツインエア・ポップを2号車と呼ぶことにした。

筆者にとって500の前期型と後期型はまったく違うクルマ。そのことを家族および我が家の隣に住んでいる両親に必死に説明したものの理解されなかった。

説得は徒労に終わり、家庭内で父親が暴走するとろくなことにならないので、1号車を妻と子どもたちも乗っていいクルマとして差し出し、2号車を自分用ということにした。

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