ヤフー・オークションに出品されていた7万円のエグザンティアを落札し、走り出す前に板金塗装で70万円、部品代と整備で130万円、さらに動きはじめてからも修理で総額300万円以上(!)をつぎ込んでしまった。でも懲りることなくエグザンティアにまつわる部品を探し求め続け、向かったのはなんと東欧リトアニアの地方都市、カウナスだった。
リトアニア第二の都市、カウナス郊外の静かな工場街
ネット上のアプリを介し、事前に何度もすでに文字ベースでやりとりをしていたとはいえ、遠い異国の地の、会ったことも話したこともないひとの元を訪ねるのは、なかなかにプレッシャーのかかることである。

前回のポーランド訪問も状況は同じだけれど、あのときはお互いが自動車メディアに関わる立場だったこともあって、そこまでは心配していなかった。けれど、今回はそうじゃない。僕はさほど高くもない部品を買いにのこのこやって来た、ただの異邦人なのだ。
でも、ありがたいことにそんな緊張は、すぐに解けた。
「ウェルカム、リトアニア、ウェルカム、カウナス!」というイルマンタス・ガリニス(Irmantas Galinis)さんと、彼の従兄弟だというゲディミナス・ガリニス(Gediminas Galinis)さんの優しい言葉と、2人の笑顔を見ただけで、僕は心底ほっとして、気が緩んでしまったのだ。
東京・成田を出てからの移動の連続と、バスを乗り間違えたりしたこともあって、やはり多少疲れが顔に出ていたのだろう。そんな僕の様子を見て、彼らも感じるものがあったのかもしれない。まずは私たちの工房へ案内しよう、と早々に彼らの真新しいルノー・エスパスの後席へと招かれ、移動することになった。

向かう先はカウナス駅からクルマで10分ほどのところにある、イルマンタスさんが代表を務めるエラストマー.EU(Elastomer.EU)だ。

エグザンティアをはじめ、XMやBXなどのハイドローリック・シトロエンのアキレス腱となっているサスペンション・ストラット・アッパーマウントの再生を行っている工房である。このマウントは維持の要ともいえる部品で、新品は枯渇している上に、中のゴム部分が劣化し破損するとボンネットを突き上げるという大ダメージを引き起こしてしまう。

通称“ボンネット突き上げ病”という、いわば恐ろしい不治の病だ。こうなるとさすがにオーナーは「もうこれは直せない」と観念しがちで、そうなると廃車コースへまっしぐらである。こうして息の根を止めた世界中のハイドロ・シトロエンたちは、決して少なくなかったはずだ。
ゲディミナスさんが運転するエスパスは、するすると駅前の市街地を駆け抜けていく。
ここカウナスは、ネムナス川とネリス川という2つの川の分岐部分にある、とんがり帽子型のレンガ造りの城跡を中心に広がっているいわば城下町なのだが、エスパスが向かうのは駅からだとネムナス川を挟んだ南側だった。ヘリポートと短い滑走路のある、小さな空港のそばにエラストマー.EUはあった。

最初はこんな近くに空港があるなら、空路で直接カウナス入りできるのでは、と思っていろいろ調べたのだが、航空博物館などは併設しているものの、カウナスへ直行するエア・チケットは存在しないようだった。ヘリポートがあり、小型機などによるエア・ショーやフライト・シミュレーターなどはあるようだから、あくまで緊急時や遊覧飛行用のエアポートなのだろう。
エスパスはせいぜい2階建てくらいしかないレンガ色の屋根の建物が並ぶ二車線道路を西へ向かっていく。車窓から眺めていると、ときおりスーパーやガソリン・スタンド、自動車ディーラーなどが姿を現すが、ほんとうにヨーロッパの郊外の都市の、どこにでもあるような風景が広がっている。
小さなロータリーでぐるりとUターンし、幹線道路から右へ折れ、狭い建物の間を抜けていくと、色とりどりの壁面の工場に周囲を囲まれた、広い砂利の駐車場があった。エスパスはその片隅にあった白いシトロエン・ピカソの隣へと滑り込む。さぁ、いよいよ目的地のエラストマー.EUに到着のようだ。
イルマンタスさんとの約束で、工房の外観や実際の作業内容についての撮影はできなかった。おそらく様々なほかの仕事の関係もあるのだろう。カメラを出すのは控える場面もあった。Googleストリート・ビューなどで見てもエラストマー.EUまであと少し、のところまでしか見られないようになっているのは、そうした理由と推測される。
ハイドロ・シトロエンを救う工房内部へ世界で初潜入!?
工房内に入り、イルマンタスさんとゲディミナスさんに導かれて薄暗い通路を歩いて行く。するといちばん奥らしき部屋のテーブルの上に、綺麗に仕上げられたピカピカのシトロエンのサスペンション・ストラット・アッパーマウントたちがずらりと並んでいた!

世界中で枯渇しているマウントが、しかもこんな良品がこれほどたくさんあるなんて! イルマンタスさんは僕が写真を撮ることを想定し、事前に準備をしてくれていたのである。XM用、BX用、そしてもちろん、僕のエグザンティア用のマウントもちゃんとある!!

そして、そこにはもうひとり、僕を温かく迎えてくれたひとがいた。それこそがエラストマー.EUの創業者であり、イルマンタスさんのお父さん、カロリス・ガリニス(Karolis Galinis)さんだった。
距離にして東京からだと1万km以上の彼方。移動時間はほぼ1日半かかっただろうか。念願の工房にようやく辿り着いた僕は、これまでの旅の疲れなどすっかり忘れてしまい、さっそくエラストマー.EUという会社と、彼らが手がけているハイドローリック・シトロエンのサスペンション・アッパーマウント再生について、ガリニス親子とゲディミナスさんにインタビューをさせてもらうことにした。
次回はその会話の中で分かった再生の方法やその素材、ボンネットを突き上げないようにする対策などについてご紹介する。
ちなみに彼らによれば世界中に顧客はいるそうだが、地元のオーナー以外、わざわざリトアニアまでこのマウントのために訪れてくるようなモノ好きはせいぜい隣国ポーランドからくらいからのようで、もっとも遠くからやって来たのは間違いなく僕だった。
■CITROEN XANTIA V-SX(1996)
シトロエン・エグザンティアV-SX(1996年型)
購入価格 7万円(板金を含む2024年5月時点までの支払い総額は309万6773円)
導入時期 2021年6月
走行距離 18万6761km(購入時15万8970km)
文と写真=上田純一郎 写真=エラストマー.EU 協力=エラストマー.EU
(ENGINE Webオリジナル)
(当連載は不定期掲載ですが、隔週土曜日に公開を予定しています)
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