自動車の業界では〝3ボックス〟という言葉が使われるときがある。クルマとはエンジンが駆動力を生み出して人と荷物を運ぶ乗り物で、エンジンはエンジン・ルームに、人はキャビンに、荷物はトランク・ルームにと、居るべき場所が割り当てられている。それぞれは3次元の空間=ボックスになっていて、それが3つあるから〝3ボックス〟と称している。この定義に従えばセダンはもちろん、クーペやコンバーチブルの属性も〝3ボックス〟となる。いっぽうでハッチバックやワゴンやSUVは、キャビンとトランクの間に両者を完全に分離する固定式の壁(=バルクヘッド)が存在しないので、〝2ボックス〟と呼ばれる。
3ボックスは大変合理的で論理的で整合性のあるパッケージだと思っている。音と熱と振動を発するエンジンと、音と熱と振動を嫌う人間と、時として匂いの元になったり汚れを含んだ荷物は、そもそも相容れない関係にある。大学生のお兄さんと高校生の妹と中学生になったばかりの弟が同じ部屋で過ごすのは、お互いに何かと不都合で具合が悪いのと少し似ている。
ひと口にセダンと言っても、いまどきはその種類もなかなかバラエティに富んでいて、きちんと区別・分類するのはちょっと難しい。ポルシェ・パナメーラやアウディA7などは、テールゲートを持つハッチバックの2ボックスであるにもかかわらず、セダンのグループにまんまと潜り込んでいる。かつての様式や慣例がいつの間にか形骸化し、世間や社会はそれを黙認して受け入れる。そんな風潮が最近は自動車業界以外でもちょくちょく窺えるようになった。新しい変化に対する柔軟な対応とも言えるし曖昧なあしらいにも見えるけれど、正当で健全なセダンといったらやっぱり3ボックスである。
個人的には、セダンの種類はドレスコードに当てはめてみるとしっくりくると思っている。男性ならモーニングや燕尾服、女性ならアフタヌーン・ドレスやイブニング・ドレスが推奨される〝フォーマル〟のイメージに近いのは、トヨタ・センチュリーやロールス・ロイス・ファントム。レクサスのセダンなら、セミフォーマルやインフォーマルがフラッグシップのLS、スマート・エレガンスがES、そしてスマート・カジュアルがISに相当するだろう。
日本で〝ES〟として販売されるのはこの7代目が最初だが、北米では1989年のレクサス・ブランド展開当初から、初代LSとともにディーラーのショーウインドウに並んでいた息の長いモデルである。端正で奇をてらわないスタイリングは歴代ESの人気の理由のひとつで、ビジネスシーンからオフタイムまで、いつどこへ出かけても行く先々の風景に易々と馴染んでくれる佇まいは現行モデルにも継承されている。
エクステリアに漂うムードはインテリアも共有していて、折り目正しくデザインされた心地よい空間が広がっている。「広がっている」と書いたけれど、ESのキャビンは前後左右方向に本当に広々としている。特にリアのレッグスペースは、ショーファードリブンとしても重宝しそうなほど十分な広さが確保されていて、誰でもゆったりと寛げる。
ゆったりと寛ぐためには物理的な広さだけでなく、精神的にも穏やかに過ごせることが重要だ。静粛性の高さもESの特徴のひとつで、その秘密のひとつはダッシュボード内にある。静音技術にはノイズを取り込む吸音と遮断する遮音のふた通りがあって、ノイズの発生源の種類や周波数によってそれを使い分けている。通常、エンジン・ルームとキャビンの間には遮音材を用いるが、ESでは「Hybrid Acoustics TM」と呼ばれる特殊なフェルトを採用する。これは場所によって吸音と遮音を最適配置できる素材で、効果的な静音を実現している。ESのキャビンは速度域を問わず静かで、オーディオのボリュームを途中で調整する必要もないし、同乗者との会話もずっと同じトーンで楽しめる。
ステアリングやペダルの操作に対するクルマの反応もまた、ドライバーのゆったりとした入力に対してピタリとリズムが合うようなセッティングになっている。本来は門外漢であるはずのミニバンやSUVですら、ことさらに〝スポーティ〟を吹聴する昨今にあって、ESはあえてその領域に積極的に入り込もうとはしていない。基本的には普通に運転する範疇での上質な動的質感に磨きをかけている。例えば、ステアリングを切ってから旋回姿勢が整うまで、あるいはアクセレレーターを踏み込んでから加速に至るまでといった過渡領域で、無駄な動きや予想外の反応が一切見られない。サスペンションのセッティングやハイブリッド・システムの出力/トルク特性が、ESというクルマのキャラクターを明確に浮き立たせるよう、上手く調理されているからだ。
ESはドライバーもその他の乗員も、皆が同じようにゆったりと寛ぎながら快適なドライブを楽しめるセダンである。こういう〝乗員皆平等〟的なセダン、探すと意外と見つからないものである。
ボディ・サイズを除けば、ESとISの決定的な違いはパワートレインのレイアウトにある。ESはエンジンを横置きにしたFF、ISはエンジンを縦置きにしたFRである。FFとFRにはそれぞれメリットがあって、エンジンとトランスミッションが室内側へ侵食してこないFFはキャビンを広く確保できやすく、ESはちゃんとそうなっている。FRはFFよりもパワートレインが車体の中心に近いところにあるので、ヨー慣性モーメントや前後重量配分で有利。そしてISもまたちゃんとそうなっている。
ISは紛れもないドライバーズ・カーである。ESはどこに座っても嬉しさを共有できると書いたけれど、ISの特等席は運転席だ。広すぎる空間に身を置くと、人間はなんとなく落ち着かなくなるものだが、ISのコクピットは適度にタイトで、自動的に運転に集中できるちょうどいい空間がしつらえてある。ちょうどいいのはボディサイズにも言える。全長4700㎜以下、全幅1800㎜前後のサイズはやっぱり取り回しがいい。ばね上/ばね下の剛性感が高く、強靱な塊をくり抜いた中に座っているような感じがするのもまた、ISの特徴のひとつである。
ステアリングを切れば間髪入れずにクルマが反応する。この時、旋回軸はドライバーのほぼ真横付近にあって、そこを中心にコマのようにクルクルと向きを変える。特に〝Fスポーツ〟はLDH(=レクサス・ダイナミック・ハンドリングシステム)と呼ばれるギア比可変ステアリングと後輪操舵を組み合わせたサスペンション機構を備えているので、ニュートラルステアに近い挙動を示す。ステアリングの操舵角は少なめで、横Gもあまり発生せず、でも鋭いターン・インから安定したコーナリング・フォームを形成する一連の動きを体験してしまうと、もっともっとステアリングを切りたくなる衝動にかられてしまう。
ISには3種類のパワートレインが用意されていて、中でもIS350は秀逸だ。過給機のサポートを一切受けず、3.5lのV6だけが紡ぎ出す純粋無垢なパワーが、回転数の上昇に伴いよどみなく放出される様は、自然吸気ユニットの真骨頂である。過給機付きエンジンがスタンダードとなりつつあるいま、自然吸気の美味しさが味わえるIS350は極めて貴重な存在なのである。
単なるボディ・サイズの違いだけではなく、ESとISはそれぞれが魅力的な個性を持ち合わせている。TPOに合わせたドレスコードがあるように、さまざまなライフスタイルに見合ったセダンをレクサスは提案しているのである。
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文=渡辺慎太郎 写真=郡 大二郎
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