変革を上手くこなしたものに対し、称賛の意味を込めて〝バケたねぇ~〟と言うことがある。この新型プジョー508はまさに上手く〝バケた〟1台といえるだろう。先代の508、さらにその前の407はともに、実直なドイツ系セダンと比べれば華やかな雰囲気を有していたものの、とくにデザインにおいて、人の心を掴んで離さないような強烈な個性は備わっていなかった。ところが、新型508は先代までの殻を見事打破。新しく、そして秀逸なスタイリングを手に入れることで、魅力的なセダンへと生まれ変わった。
デザインではこれまでのプジョー・セダンでは見られなかった新しい潮流が数多く見られる。薄型のヘッドライトとフロント・グリルを用いたフロント・マスクは精悍でキリッとした印象。ヘッドライトから伸びるLED式のデイ・ライトも良いアクセントになっている。ルーフ・ラインはAピラーから立ち上がってからほぼ平らなところがないまま大きな弧を描きつつリア・エンドまで続く。短いリア・デッキながら荷室の開口部面積を稼ぐため、大きなテール・ゲートを持つ5ドア・スタイルを採用した。ただし、クーペ風のフォルムにより後席の広さは頭上まわりを中心にミニマム。大人4人を想定しているなら実車確認は必須。もう少し後席に余裕が欲しいというなら、このあとサルーンに負けず劣らずスタイリッシュなワゴン・ボディのSWも間髪入れずに導入されるから、そちらを選ぶという手もある。〝iコクピット〟と呼ばれるプジョー独自のスタイルを持つインパネをはじめ、内装も508の見所。デザインだけでなく質感も高く、508の際立つ個性に華を添えている。
デザインにばかり目が行き勝ちだが、走りにもキラリと光るものがあった。プラットフォームはプジョー308などに使われ、評判の高いEMP2を採用。ただし508に転用するにあたり、リア・サスペンションをトーションビーム式からマルチリンク式へと変更している。実はこの効果がてきめんに表れていて、前輪よりも後輪の方がバネ下が明らかに軽い。路面からの振動も後輪の方が軽減されている。全グレードに可変ダンパーが備わるが、一番硬いモードを選んでもドイツのスポーティ・モデルのようにガチガチではない。脚はよく動き、ロードホールディング性能も高い。さらに興味深かったのは一番柔らかいモードのとき。路面からの入力を瞬時に収めるのではなくサスペンションを上下させながら上手に減衰させていく。まるで往年のシトロエンのハイドロニューマチックのような振る舞いを見せるのだ。路面のザラツキなど速くて小さい入力が侵入しやすいEMP2特有のクセは508でも消しきれていなかったが、一番硬い脚の仕立てを持つGTでもその乗り心地はクラスのトップ・レベルにあるといっても過言ではない。ガッチリ締め上げられていた先代の508GTと比べると夢のようによくなった。
トップ・グレードのGTは2・0ℓ直4ディーゼル・ターボを搭載。8段という多段ATの効果もあって、1630㎏の508をスポーツカーのように軽々と走らせる。絶対的な出力もさることながら、どの回転域でもスッと加速する扱いやすさも魅力。40kgmを超える最大トルクにより多少の負荷なら変速をともなわずに加速できるから煩雑さを感じない。これが下の2グレードに搭載される180ps/25・5kgmを発生する1・6ℓ直4ターボだとそうはいかない。高速道路の追い越しや登り坂の度に頻繁に変速を繰り返す。逆に、ガソリンに分があるのは騒音。いくら遮音が行き届いているとはいえ、ディーゼルでは絶対的な音量の差を感じざるを得ない。また100㎏以上軽い車重のおかげで動きは蹴り出しからガソリンの方が軽やか。というわけで、絶対的な動力性能や乗り易さを求めるならディーゼルが適任。パドルシフトによる変速をいとわずクルマを自在に操りその動きを楽しみたいならガソリンがオススメだ。スタイリング良し、走って良し。新型508はセダンの新しい風として、SUV全盛の自動車市場でひと暴れしてくれるかもしれない。
プジョー508GTブルーHDi
文=新井一樹(ENGINE編集部) 写真=神村聖
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